バックナンバー
各話へのリンク各話のコメントへのリンク各話の謎解明へ

2007年06月07日

#6 夏の終わりに


残暑、消えぬ、
ある夏の暑い日、

雄一、慶太、英輔、藍子の4人は

プールへと遊びに行った。



規模の大きい場所では
大きな飛び込み台がある。


だが、一般開放されているのは
危険を未然に防ぐため、
特設されたエリアのみで
使用する際にも手続きと
使用者は順番に行うことが
義務付けられおり、

下に人が確実に居ないこと、
先に飛び込んだ人などの
着水場周辺に人が誰もいないことを
確認してからでないと

飛び込みはしてはいけないことに
なっている。

身長・年齢にも制限が設けられている。


普段は、使う人は競技のなどに
関わる者がほとんどなっている。


今は、昼時でこのエリアには
彼ら以外に人影は見えない。


むしろ、これをねらっていた
ところがある。



水泳の練習以外に
プールを楽しむ開放感から
つい浮かれている。


彼ら自身でもお互いをいさめずに
気を許していたのは無理も無かった。


大会が終わったばかりだったのだ。

力一杯精一杯やったのだから
彼らの顔に陰りは一切無い。



飛び込み台でお互いの飛び込みっぷりを
記念に写真にと、藍子が発案したのだった。

普段から水泳を心得る彼らにしてみれば
容易いことだ。


意気揚々とからだをほぐす男どもを
尻目に藍子は室内の心地よさに涼んでいた。



慶太は藍子にカメラを渡して、


「格好いいヤツ一枚、頼むよ」


と片方のまぶたを一瞬しばたかせる。

写真にセンスどうのこうの
わからなくても
乗った船にはノリ気の慶太。


藍子は結構真剣な顔で懇願するところで
似合わない所作をした野郎の仕種に
爆笑しそうになったが、


「まかせて」


と一言。

その直後、後ろから


「それ俺が持ってきたヤツだから、
 俺の勇姿を是非に」


「OKOK」


と意気込む雄一を藍子は
嫌気もなしに返事する。



英輔はイカツイ顔だが優しい
いいヤツで言葉少なげに


「よろしく」


と照れながら藍子に頼む。
藍子はにっこり微笑むと、
そそくさと英輔は行ってしまう。



すぐに歓喜の声があがった。

大会のときにしているように
一致団結の気合いを入れる
というものだ。

調子付いて、気安く会話を
する雰囲気からこうして互いの空気感を
一気に澄ませることよって、

危険を抑止し、実力を発揮するために
限界に挑む心意気を心から体に叩き込む。

理解していても、メリハリを
付けることに意味がある。

儀式や自己暗示のようなもので…


精神統一


アスリートには、しばしばこうした
精神と肉体、そして己と仲間との
一体感を高めるための、
なんらかの強力な動機付けが
行われることがある。


このときの彼らにその心内が
あったかはともかく、
大会で自分達の連携によって
力を発揮していこうというときには
決まってこんなことをやっていた。


その名残か…


少なくとも、今からやろうとしているのは
個人演技に他ならないのだが。



野郎どもは

潔く飛び込み台へと向かっていく。


「イッてこーい」


藍子のくったくない明るい声が
男達の肩を心強く押したようだ。



藍子はハツラツとして
すっきりした性格の体育会系の女性だ。

なかなかの威勢のよさは女性から
コアな男性ファンまで、なかなか好評だ。

調子にのりやすいので物事を深刻に
悩むことは滅多にない。



彼らがそろって上に登っていくのを見て、
藍子は男のシンクロを題材にした何かを
憶えていたので声を漏らして

くすくす思い出し笑いし始めた。



慶太がいよいよ飛び込むときになって


「タノムゾー」


手を挙げる。

藍子も手を振る。


飛び込み台の上からは下が見渡せ
爽快な気分に浸りながら、

早くも飛び込む準備は万全だ。



景気よく慶太が降下する。


スマートだ。


これが実力か。



着水するまでの時間のすばやさに
驚きながらもシャッターをきる。


ザバッと小綺麗に水が噴き上がり、

その直後にひょっこり顔を見せる

慶太がどうだ!

という表情をすると藍子は


「バッチリ」


どうせぶれててもごまかせごまかせと
不敵な笑みを浮かべて?Xサイン。



「そいじゃあ、いくよー!」


雄一が待ちかねて、
威勢付くがなかなか降りてこない。


変なポーズをとったまま…



固まっている。



「あいつ、怖くなったのでは」


「ただカッコつけてるだけじゃない?」


あるTV番組で芸能人が高い飛び込み台を
一体いつになったら自分の意志で
飛び込むのかというバラエティーの
ことを慶太が面白半分で話し始めると
藍子も思い当たる節があり、


「はははっ、あれウケるよね」


とか雄一のことは、どうでもよさそうに
いよいよ腹をを抱えて笑いをこらえる始末。


当の本人は下で自分がウケたと
信じて疑わないおめでたさ。


アスリートは豪快な技を披露する際に
入念なイメージトレーニングによって
自らに無駄のない動きを競技中に
発揮でさせることに余念がないと

と同時に

泥臭い練習運の日々を一気に
崇高なものへと変貌させる魅せる美
に付いても磨きをかける。

引き締まった肉体には単なる筋肥大を
意味するものではなく、目的に忠実かつ
洗練された動き、モーメント、メカニズム、
激しい運動によって衝撃を
しなやかにいなす肉体のバネ
それらを磨きぬき、記録に挑むために行使する。

そうした運動の美学には見た目の美しさと
単なる運動バカという言葉に対抗する、
技を磨くための数々のスキル、
方法論、生活習慣、スポーツマンシップ、
知識と経験に裏付けられた肉体改造等、
勤勉で質実剛健な体で覚える日々の連続がある。


それらはストイックなものに思われるが、
美の高みを求める貪欲な姿勢がある。


きっかけが他者の華麗な演技に魅せられてから、
次第に自らの動きに気を入れ始め、模索探求し、
その作業と、磨かれていく無垢な自身に
陶酔していく。


ある世界に魅せられた者には、
魅せられるだけに留まらず、
再現し魅せるという願望が行動力をさらに高め、
技を、試行錯誤で表現し、
結果を残し、その時の自分の姿に、
達成感と、更なる高みへの反省に
心を費やす、という…



コスプレで、創造された存在を模倣し、
その高みに近付くことで、悦楽を味わえる…

というアレ、

に似ているところがあるかもしれない。

とかく、表現し魅せるということが
数々の過程を踏んだ上で高められ、
そしてのその高みに至った姿に
自らの熱が入るということで
他者の目に心にまで熱を与えるという…




このときの雄一に無論このような、
心持ちなどはないが、目立ちたがりは
彼の人生で病的なまでに高められている。



すると、雄一が不意を付いて
身体をしならせていきなり跳んだ。


「とうっ」



さっきの話で盛り上がる二人。
当初の目的意識は一時的に記憶から
吹っ飛んでいた。


「はっは」


「はは、……?、あ…!?」


水の弾ける音に咄嗟に気付いた。


さすがといった感じの
見事な飛び込みを披露した。

そう、俺はやるときはやる男だ。


満足気にプールから出てきて
ポーズをキメている。


が、慶太が頭を押さえてうつむいている。


「ア・・撮リワスレタ」


「おい!」


とりあえず愉快にじゃれあう。




……………



そしてついに英輔の出番だ。



「藍子、ちょっと貸して」


「あ、うん」


慶太がカメラを拝借する。


「ま、直に見たいだろう?英輔の飛び込み」


雄一がニヤニヤしている。


「英輔の入水」


「はぁ?何言ってんの」


とりあえず、抵抗したが普段見慣れている
男どもに何の感慨も無かったが意識する

ということを無意識にしていた

かもしれないことが

自分以外の人にバレていたのではと、

藍子は急に自分自身が恥ずかしくなり、
少し考え始めてしまった。



仕舞いには雄一が
藍子の入水が見たい言い出す有様。


「雄一、ダマレ」


「ヘイ」


「え?何?」


聞いてなかったようだ。



慶太が被写体をとらえて、


「英輔。いいぜ!!」


今まで一同の動向の様子を見守っていた
英輔は彼らの台詞を勝手に連想して
言葉遊びをして楽しんでいた。

自分の番はいつ来てもいいと謙虚な態度だった。


高いところから下を眺めるのは好きだ。


だが、飛び降りるのは別のことだ。

脚がすくむがそれも短い時間だ。


そう割り切れさえすれば…


「よし、いくぞ」


迷いを振り切るようにと気合を入れる。


「英輔、高所恐怖症じゃなかった?
 大丈夫かな」


「アイツならやれるさ」



英輔は勢いよく弾みをつけ、宙を舞う。


一瞬、ファインダーがちらついた。


「ん?おっ…と、シャッター!」


重力加速度に従って急速に近付く水面に
英輔は、迷うことなく飛び込んだ。


シャッター音と潔く響く水音に
見ている者は息を呑んだ。

見る者を吸い込むようなダイヴだった。


ただの飛び込みに過ぎないはずだった。


不器用にも力強く跳んだ彼の勇敢さに
藍子はタオルを持って

よくがんばった

と言ってあげたかった。


雄一は自分のときになかった
タオルを持った藍子の姿にイジケた。


だが冗談でも英輔の勇姿を
認めざるを得なかった。



だが…


上がってこない。

肝心の英輔自身が!!

どうしたんだ。


英輔がいるはずのプールの水は
波紋をたてるだけで

何事も無かったの様に静んでいた。


英輔が消えた?


いや、まだ水中じゃないのか。


まさか溺れたのでは?


それならば水が揺らめいてもいいものなのに。


本人も浮かんでこないし。


ただ、ふざけて驚かせようといているの?

彼はそんなに器用でも、
友人を不安がらせることをする人でもない。


雄一は真っ先に水中を潜り彼を捜す。

だが彼の残滓すら掴めない。

何の痕跡も無く、跡形も無く。


ただ、姿が無い


彼は何処に?

何処にもいない。



有り得ない。



胸騒ぎがする。


困惑する藍子はいつもにはなく緊迫し、
表情は蒼白となっていた。



慶太はプールサイドを巡り捜すしかない。

焦りが呼吸を余計に乱す。



「そうだ!携帯」

藍子は、彼に連絡しようと試みる。



……………


焦る気持ちが、発信する時間を余計に長く感じさせた。



すぐに慶太から
荷物の置いてある、 ロッカーで着信音が
鳴っていることが告げられた。


じゃあ荷物を置いて帰った?


英輔がそんな現金なことをするだろうか。

大事な友人を置いて、自分の荷物を置いて、
服さえ着ないで出歩くことなんて尋常じゃない。


英輔がそんなことする人じゃない
ことぐらい知っている。


「英輔ーーー!!!」


呼べども返事を返す者はない。

呼び声は室内に意味もなく
響き渡るだけだった。


一向に姿を現さない英輔。


怒りよりも状況に
どうしていいかわからなくなり、
途端に無気力になる一同。


彼の存在の大きさはまったく
意識すらいしたこと無かったのに
絶対にはかれないものだと気が付いた。


それが突然何の前触れも無く、消え失せた。


「英輔、どこに行ったんだ…」


「あいつは、かくれんぼの達人だったか?」


「いや、冗談じゃなく何かおかしいって」


「そんなことより、英輔は…英輔は?」




藍子の掌に強く握られたタオルが
はらりとコンクリの床に落ちた。


慶太のカメラを持つ手が震える。



………カメラ?……!?


………?


……そうか!


カメラだ!!


これに英輔のダイヴの瞬間が
フィルムにおさめられているはずだ。


あのとき、確かに写真を撮ったのだから。



慶太の言葉に、
水に浸っていなくても濡れて
まとわり付く水着を気にする
余裕すらない藍子は聞きすがる。


「じゃあ、それ私が現像いくよ!!」


「写真を撮った、僕が責任を持って」


「でも…だって」


そこで雄一が間に入り、
自分がふざけていたことを反省したのか、
真剣な面持ちで進み出る。

そしてカメラの持ち主の雄一の申し出に
断る理由なく慶太はカメラを託す。

雄一にはもしものときのことを考え、
いくらかの配慮があったのだろう。


さすがに藍子には…。



その日のうちにカメラを店に持ち込み、
不安を拭うことのかなわぬまま、
互いの帰路へ向かう。

ただ一人を除いては。


帰り道で聞こえる虫の声は季節を
感じればこそであって、

今にしてみれば鬱陶しいばかりで、
むなしさをあおるばかりだった。




……………



数日後に出来上がった写真を
受け取りに行く雄一。

もしかしたらという期待というより
残された望みに近い感情で

彼の帰りを待っていたが時間は
残酷にも過ぎ行くのみだった。


未だ、彼は家にも帰っておらず

行方不明だった。


決心して写真屋を訪れる。
おそらくとっくにで出来上がって
いることだろう。


頼んでおいたものを渡してもらおうと
しても店員の様子がおかしい。





………



「あれですか…」




口ごもってそれきり、
全然持ってこようとはしない。


しばらくの間が不気味に
怪しさを募らせる。




「あれはあまりおすすめしませんよ」


「え?」


………しばしの空白



「できれば見ない方がよろしいかと」


まるで叱られて機嫌を損ねた飼い犬のような
消え入りそうな声で言う。


いったい何が写っていたというのか。


余計に気になる。


それ知るために此処に来た。


それを知らずに、

はい、そうですかと

引き下がることはできるはずがない。


それを知らなくてはならない義務がある。


「それを絶対に確認しなければ
 ならないので何があっても見せてください」




「お客さん、ものを頼んだとき
 数名で複雑な表情なさっていました
 ので何かと思い、失礼とは思いましたが

 目がいってしまいました」



「…と、とにかく、見せてください」


「わかりました、
 後悔なさるかもしれませんが」



雄一の真剣な態度で強い言葉に
渋々ながら、奥へ向かう。


もしかしたら、それは辛く信じがたい真実を
自ら暴くようで戸惑いを巡らせた。


しかしそれを振り切り手掛かりを
求めてここまで来たのだ。


「英輔…」


いったい、どうしちまったんだ…




「これができたものです」


ようやく持ってきた店員の表情は
晴れやかなものではなかった。


無責任にも思えるが、
精一杯の心遣いだったのだろう。



迷いはあっても咄嗟に確認を急いだ。
写真は撮られた順に重ねられていた。


はじめはキリッとした慶太の写真から、
自分のふざけた写真が続き、
今すぐ破り捨てたい衝動を抑え、
次の写真へとめくっていく。


次第に緊迫した顔に
なることも気にせず、

いよいよ英輔が飛び込み台に現れて、
飛び込む前の一枚、



次か!





………



自分と藍子が写っている。


なんだ…これか!


慶太が撮ったヤツ。

次の写真を見ることの言いようもない

恐れが無ければ…

もっと別の形で…


笑い合えた一枚だったかもしれないというのに。



そして…



問題の写真をついに確認することになった。



………



だが一瞬、それを理解するのに戸惑った。




「え?何がどうなって…」



目が離せなかった。


英輔が背筋を伸ばして着水しようかと、
まさにその瞬間をとらえた一枚。


英輔が飛び込み、水面に触れる直前

それは、わかるのだが…



………




彼の周りをたくさん何かが
覆っている様だ。


それが何なのか、

それが何を意味しているのか


すぐには受け入れられなかった。



暑さと焦りで写真を持つ指が
震え焦点が鈍る。



よく見てみると何も無いはずの

水面いっぱいに何かが…。



それはあるべきはずの無いもの。


それはあのとき見えなかった
はずのものだった…


背筋かぞっとした怖気に見舞われた。


コレが…写真屋が危惧していたことか…





何度も眼を凝らして確認した。

でもその歴然とした事実は
変わることはなかった。



(何だよ、コレ…

 …何なんだよ!!これはーーー!?)



だが、それは声にはならない。

たった一枚の写真に写ったものに



思考が凍てついた。



これはもう…、
過去に起こったことだった、
変わることない過去に起こったことだった。


それは唯一、英輔の行方を物語る証明、

信じたくない、真実だった…






彼に向かってひしめき合うように


伸びた無数の何かが、


プール一面に蠢いている

まさにその瞬間の光景だった。



それが写真であるにも関わらず
今にも動き出しそうに一斉に
彼へと向かっている。


そのおびただしい数で
まっすぐ飛び込んでいく彼を
今にも飲み込もうと


うねり、ざわめき…


一本一本が意思を持っている
かのような動きで


彼が来ることを…


ぐにゃりぐにゃりと、

待ち構えていたのだった…



今か、今かと



まさに彼を奪い合おうと







群がる無数の手が…



今にも―■










posted by EVILITH at 01:00 | TrackBack(0) | メインコンテンツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック
謎コミをお気に入りに加える | 上に戻る
バックナンバー
各話へのリンク各話のコメントへのリンク各話の謎解明へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。