バックナンバー
各話へのリンク各話のコメントへのリンク各話の謎解明へ

2007年06月08日

#8 天井のシミ


自分は母親とあるときから
祖父の住む実家に戻ることになった。

まだ小学生の頃には
祖父母と共に暮らしていた思い出がある。

親の転勤が理由で都会暮らしになった。



小学生の頃に転校を
経験することになったものの、

それほど生まれ育った場所を
離れ行くことを…


悲しいとは思わなかった。


それも子供心に別れがどんな意味を
持っているのかわからなかったことが

理由か、もしくは

別れが痛ましいと思うほどの
友人関係を持っていなかったことが

原因か、


今はもうどうでもいいこと。


だって、


都会の利便性と自由度に比べれば
田舎の何もない実家で暮らすことには
これといって感慨はなかったから

結果的に引っ越せて
よかったとさえ思っていた。



転校先で田舎もの扱いされることに
恥ずかしさを覚えていたことがあって

わざと都会でできる利用価値の高い物事を
積極的に吸収していったから…

もうそれらなしに生活が考えられないほど、
当たり前になってしまった。



だから…



田舎に戻ることに納得がいかなかった。



でも、

突然親がこう言い出したこと
には訳があった。


どうやら、祖父の具合が良くないらしい。

なので、転勤先の父だけを残して、
母が祖母だけでは祖父の世話が
大変と言うことで今まで離れて
暮らしすぎたことを思ってか、

せめて

世話を手伝うことだけはしたい

とのことで決断したのだ。


とはいうものの自分まで来る必要が
あったのかと薄情なことを言っていると

祖父がとても来てほしい

と母から話されたので、
渋々でも了承し母と一緒に
来ることにした。


高校を転校するには少し手続きが
面倒だけど、もう仕方ない。




……………



それからいくらかの日が経過して



父は週末にはこちらに来ていたが、
やはり母と暮らせないことで
少し疲れていた。


母も世話の続く毎日に、
少しやつれていた。


自分はというと…
確かに、退屈していた。


それでも…


こちらに越してきてから少し経って、
気が付いたことある。


そのことで過ごすことには
不満が緩和されてなんとかやっていた。



自分用にあてがわれたかつての
自室はそれまでは物置だったが、

自分の残していったものは
律儀に整理させて

そのままだった。


いつ帰ってきてもいいように。


けれど、

それらに使い道はないことは
ここまで育った自分が

一番よく知っている。


それは前にもわかっていた、
引っ越す前にも家族が
実家に集まることは
あったから。


でも、

それほど長居はしなかったので
物置になっていた自室には
訪れることは滅多になかった。

泊まっていくときにも
客間で寝ることが恒例と
なっていたから。


例のごとく、
なんにもやれることがないと
感じるときはベッドに横たわり

ぼんやりと、
天井と目の前の間の中空を眺めて
少し何かを考えたりした。


不意に天井を見て、木造の年季を
感じていたりした。


…いい加減ボロいねえ…


なので自室の天井を意識して
見ることになったのはこっちに
来てベッドに背を向ける様に
なったときからだった。


こちらに来てからすぐには
あまり気が付かなったのだが、

寝る前に考え事や
少し目が冴えているときには

ぼーっと天井を眺めて
想いをはせる癖が自分には
こちらに来る前からあったから、
都合よく目が行った
というわけでもある。


音楽を聴きながら、
それに気付いた。



「こんなシミ、前からあったか?」



そうつぶやいてみたものの前とは
一体いつのことだろうかと
ふと思い出したりしていた。


少なくとも、小学生時代まで遡っても
記憶にないものを探すほど
意識は遠のき一日は終わる。




……………



祖父に容態は徐々に悪化していく。


自分が幼い頃にから温厚な祖父は
滅多に怒ったことはなかった。

とても朗らかな人だ。

自分が衰弱していても
一緒にどこか遊び行くか、とか
山菜は種類によっていつが採り頃だとか、


特に驚いたのは
自分にパソコンの使い方を
教えてくれないかと興味津々に
聞いてきたりするのだ。


心は元気なのか、


もしくは

自分の前では
気丈に振舞っているのか、

そうすればもう、


離れていかないと

信じているから…?



真意は圧倒的な年齢差と
老いてなお、
機敏に働く発想力と行動力の前に
うかがいしれないないが、

この人が自分の祖父なのかと
疑ってしまうときがある…




そして、いつものように
無意識に見上げた天井を
そのまま、じっと少しの間、
眺めていた。


天井のシミが若干…

大きくなっていることに
気が付いた。


はじめて気が付いたとき、
拳大の大きさだったものが、

毎日見ていて慣れたせいか、
考えなかったからか、


少し考えればわかることだったのに。


「これは一体何のシミだ?」


いつの間にか、
肥大化していたシミは、
薄暗闇でもどす黒く、異質に
天井に存在感を誇っている。


何をそんなにまで主張したいのか、

小生意気な。


今ではもはや、
フットサルのボールぐらいの
大きさがある。


たかだかそれだけの謎に
意識が注がれるという
莫迦らしさ…


意味不明のシミに謎を覚えていた。

親にたずねてみようかと

話しかけてようとして言い留まった。

だって、自分だけが見つけた
秘密かもしれないと思えてきて
ふと額がほころんでしまったからだ。

この謎の正体を自分で
突きとめないことには
ただ呆気ない事実だけ知ったところで
つまらないと感じるだけだと先読みした。


そう思うと謎をすぐに突きとめる
前に推測してみることにした。


それだけでも
夜のぼーっと過ごす時間に
愉快さを見いだせた
気がしてきて

心弾んだ。


ネズミの死骸とか、
雨漏りで出来たもの

というのは

少しありきたり
すぎて面白くない。


直に、
このシミは部屋全体を…、
覆い尽くして行くのでは…
などと想像を勝手に拡げる。


そういえば飼い猫が
天井に裏に忍び込んで
小便してシミが
ベニヤの天井の幾箇所も
出現した事例なども
聞いたことがある。


………


あのシミに触れたが最期…


シミじゃなくてアレは…


拡大してみたら小さい何かが蠢いて…


粘着質がある?


段々変なニオイが…


耳を澄ましていたら、
ブツブツとホワイトノイズが…


そういえば場所も変わっているような…


光を照らすと見えなくなる?


まさか血糊じゃないよね?


………

あまり確信に迫ることは
突いてないなと思いつつ、
意識が途絶える。




……………



なんだかそろそろ慌しくなってきた。

祖父がついに寝たきりに
なってしまったのだ。


ふさぎこんで、声も枯れてしまって
どっと疲れを感じさせるように
目が虚ろにさまよっている。

少し前の祖父の姿からしたら
信じられないものだった。





この人は大分弱っている。


無理もないが…

何しろ、自分たちが来る前にも数度、
仕事中に心筋梗塞で倒れているというから。


そこまで仕事熱心なのか
というより、

がんばりすぎな性格の
ためだろうと思えた。


それとも

歳がきていても
無茶し続けてから?


ともかく、

ゆっくり休んでほしい
という思いはあっても、

自由が利かなくなってからの
休息に意味はあるのだろうか…

それを休息とは呼ばないのでは…


一人の人間が背負うには
大きすぎる荷の重さは
今まさに、本人に

のしかかっているようだ。


生きるということは…



けれど、

一人の人間がここまで生きた、
懸命に生をつなぎ、激動の時代を生きた、
その生涯を終えようとしている。

この人によって守られて
生きてきた自分は、

この人の最期をせめて
見守らなければらなければならない

そんな想いに駆り立てられていた…


今になって、無責任にもそんな想いに
させてくれた祖父のつなげた生を
胸に抱いて生きていく。

そうすることが、
到底、孝行でき得ないと
わかっている自分でも
せめてものはなむけに
なれるならと…




……………



天井のシミがあるカタチを結んでいた。
それは日常的には見ることはできない。

だがとにかく知っているカタチであり、
誰しも関係があるカタチ。


デザインやモチーフで
扱われては馴染み深いが

ある印象を

色濃く伝えてくる。



畏怖の象徴。




それは…

人の顔、しかも表情も皮膚もない、

死を容易く連想させる…



シミが…、


シミだったはずのものが…

そのカタチを作って
朧気に浮かび上がっている。


輪郭を瞳に植え付け、
そのイメージの先入観から
もはや、意識を逃させない。



一体何を意味していると言うんだ。



ただ不気味さをたたえ、
腔は空虚に穿たれて、
底知れぬ闇が溢れ、
漏れ出してくる
かの様だ。



不吉な予感がよぎった。



もう遊びじゃない。
明日、消してやろう。




そんな風に何かと想像を巡らす間に

眠気が襲い、

意識の深淵に堕ちていった。




……………




朝、目覚めを促したのは
起こしにきた母の声だった。




祖父が亡くなったと。


夜にはもう息が引き取っていたという。



こうなることはわかっていた。


それが祖父の年齢や無理が祟った

とばかり、そう思っていた。




今となっては真意はうかがえない。

健康が取り柄の様な人だった祖父が
ふせっていく本当の顛末を


知ることはもうかなわない。



父はすぐに駆けつけた…

しかし、

仕事の徹夜明けのせいか、
眼の下にはくまを作り、
顔色も優れていないようだった。

不健康そうに、
鈍い音を発して咳き込んでいた。


何も、息を切らして
ここまで来ただけが
父をそうさせたのではなく…

父にとって、祖父は
たった一人の父親に
間違いなかったから。


だが、死に目に会えなかった…


父の心には突き刺さるような
悔しみがあったが…

近くに居た家族でさえ…
祖父の死の瞬間は
見取れないような
死に様だったのだ…


父は祖母の肩を抱いて、
疲れた目をなおも
腫らしていた。



一人の人間が死ぬ。

ただそれだけのことでも…


その人の重みを知る人間達が
周りに幾人も居る…

喪失感が冷め止まぬ間に、
見送りを強制的にでも
行うことになっていく。


そして、

これから慌しくなる。



せめて、そう、せめて…


祖父が逝ったことを心に刻み付け
心から葬儀をたむけよう…




……………




自室の天井のシミが…


あれは本当にシミなんだろうか…




確認した今になって気が付いた、
アレが顔の形になったのは


ちょうど…


そして、

あのときから変わっている。




ほころんでいる。



心霊写真に浮かび上がるような、
だまし絵のように、溶け込み、
目を凝らして確認するような
始めはシミにしか見えなった
ものは、見方を変えると…


曖昧さより、その異質さは
はっきりしている。




笑っている、のか……?



そして



また、気が付いてしまった。




天井の別の場所に…



別のシミが…大きく…■










posted by EVILITH at 04:36 | TrackBack(0) | メインコンテンツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック
謎コミをお気に入りに加える | 上に戻る
バックナンバー
各話へのリンク各話のコメントへのリンク各話の謎解明へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。