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2007年06月09日

#10 最期の居場所には…


事実を積み重ねることが

真実に結びつくとは限らない



私たちが訪れたれたのは、
人里はなれ自然に囲まれた
小さな集落だった。


入り口と思われる道の前に
看板が取り付けてある。




しじんの村




と書かれている。


筆で書かれた様である。

曖昧さと訴えかけるような印象と、
不自然さを思わせる。



いったいここには何があると言うのか。



入り口より中に入っていくと、
まばらに人がいることがうかがえる。



どうやら人が住んでいるようだ。



湖のほとりに設けられた小さな施設軍と
お手製の建物がのどかさを伝える。




田舎のこうした風景には、
都会の時間に追われた生活を
送る者にとって、

時折うらやましく思えるときがある。



この場所に住む人たちは、
それほど多い人数ではないようだ。



年齢層もバラバラで
血のつながった家族というわけではなく、

現に顔立ちはまったく似ておらず
友人同士というわけではなさそうだ。



サークルか何か、
同好会のような集まりだろうか???



つながりや関連性が見えないため、
どんな集団なのか

純粋に疑問を沸かせる。


人々は協力して、牛や鶏を飼い世話をしたり、
畑で作物を作ったりしてしている。



異なった生い立ちの人々が
アウトドアで田舎生活を
満喫しているのだろうか。




気になったのは生き生きした様子で
動き回っている人たちは、

無理をぜず自分のできることを
やっているようだが


どの人も一様に大人しい。




村の責任者と思われる
中年の中肉中背の男性が現れた。


この男性より歳の大きい人はいるので、
歳の差は関係なく集まった人たちの
代表者ということだろうか。



この男性は、自らをしじんと名乗る。


精悍な顔立ちの男性は、
人格者らしい存在感を匂わせている。




しじんさんは、
快く私たちを迎えてくれた。


差し出がましいとは思うが、
あえて尋ねてみる。


ここに集まる人たちのつながりを。



すると、

しじんさんは少し考えるように
間をおいてから話しだした。


ここに集まる人たちは、
それぞれの理由で社会生活に
適応できなくなった、

もしくは

することを自ら拒むことを
選んだ人たちが集まって、
協力してこの場所を作って、
一緒に暮らしている、

と。


唯一の居場所として、
心の安息を願って。



決して宗教団体ではありませんよ

と話す。




そして、



人はたった一人では生きられない

なぜなら

それは哺乳類の宿命だから



という自身で筆で書いた詩を、
その紙を手に見つめながら、


今の社会や教育機関が、
すべての人ためにできている
わけではなく、

それに適応できない人は
どうしても出てきてしまう。


そんな人は、
心に大きな負担を背負いながら
生きていくことになってしまう。


そうした人が少しでも
心を癒せる場所として
こういう場所が

あってもいいと思っている
と涼しい顔で語ってくれた。


しじんさんの、視線はどこか遠くを
見つめているようで、

どこか達観した雰囲気が漂う。



実際に、

生物はただ一個体になった
状態では人間でなくても自殺して
しまうという報告例が挙げられている。


それは、動物の群れや集団行動にも
見られ、協力して生活を行うことは
過酷な環境での生存競争では
自然な行為だろう。


群れからはぐれた一匹は容赦なく
死を待つことになる。


たとえ、

原生生物でもただ一体だけとなって
しまったとき、生きる目的を失って、
残りの寿命や食料が尽きていないにも
関わらず自らの死を選んでしまうことが
あるというのだ。



しじんさん自身も、
何か心に痛みを抱えているから、
こそのこの場所なのだろうか。


弱者は厳しい環境に適応しようとしても、
逆に弱っていくばかり。


人間の場合は弱いからといって、
ただ否定されるだけでは悲しすぎる。


弱いものにとって、強くなることを
常に促される社会にずっと居ては、
不一致を感じてしまうことがある。


それが綻びとなって、
少しずつ

心が崩れていくことがある。


強い人ばかりではないことは、
弱者がよくわかっていることだ。



そう言っている様に、
しじんさんは静かに沈黙していた。、





人々が、少し遅れた昼食をとるようだ。

村でとれた野菜など料理して、
バーベキューをしている。

集まった人たちは、
手際よく互いに協力して
自分たちの作った食事を
楽しんでいた。


こうした団欒を見ている限りでは、
この人たちが一般社会を
ドロップアウトして、

この場所に居ることになったとは
到底思えない。



いや、この場所だからこそ、
こうして僅かな居心地の良さを
噛みしめることが
できているのだろうか…




中年女性に話しかけてみると、
ここに来て素性も知らない人同士が
助け合って生きていくことが
とてもすばらしいことだと
笑顔を見せてくれた。


てきぱきと、
作業を行っていた
この村のお母さんの
ように思える人だ。




ここに来る前は…



と不意に、
話が及んでしまったとき、
暗い顔をして今まであった明るい
笑顔が嘘だったように
表情をかえてしまう。


話を少しだけ聞くうちに
子供を何かで失っている
ことを知ることになった。



「ごめんなさい、

 ちょっと…

 思い出してしまって」



目端を押さえてまぶたを腫らす。

今まで押し隠してきた
過去の傷痕が熱くなる疼きを

心の澱の煩いに耐え、
こらえるように、
まぶたをきつく閉じていた。


今まで押し隠してきた
過去の重く哀しい傷痕が

今でもなお、不意に熱く疼き
彼女自身をさいなんでいるようだ。


癒えることのない、
深すぎる心の痛み…


触れてはいけないものを抱えた人の
触れてはいけない箇所に
不用意に踏み込んでしまった。


そんな最悪感から、
これ以上の会話をすることは
かなわなかった。





……………




村人の一人、
高校生くらいの若い女性が居る。


数日前から、
体調を崩して自室にこもっている。




彼女は、ハニコさんというらしい。




この村に集まった人たちは、
インターネットでしじんさんに
出会い、

この場所にたどり着いたことから、


この村では、

ハンドルネームで
呼び合うのが普通ようだ。



ハニコさんは体調を崩してから、
少し考え込むようになって


それきり、


村の人にさえ姿を見せなくなった。


若い女性であろうと
深く悩みこむことがある。


しじんさんは彼女を気遣い、
無理強いすることは避けるように
丁寧な対応を行うことにしていた。



それから数日したある日の朝食、

しじんさんは人々に朝食を食べる前に、
目の前におかれた野菜と果物には

作られて食べる理由や意味があって、
それが詩となって語りかけてくるので

そんな詩を考えながら、
今日は食べて見ましょう。


と言って人々の心をほぐすように
語りかけていた。



一同の食は進んでいく。



ここに集まった人たちの数から、
村人は10人くらいだと知れる。



しかし、

この席にハニコさんの姿はなかった。




ハニコさんはあれから、
ずっと部屋で考え事をして
一人で過ごしていて、


村の人たちもどう接していいか、
考え悩んでいた。



ここに来て、
自分自身の心の痛みを抱える重みと
同じくして集まった仲間の抱える痛みを
癒せない葛藤は人々の心を疲れさせていく。



そして、また…



そんな不安は、
負の感情を抱える者にとって
尽きない現実でもある。


仲間の悩みは敏感な彼らにとって
他人事ではないほどに


痛ましいものだろう。


この村に住んでいる人の中には
欠けがえのない大切な人を
失った哀しみによって

心を閉ざしてしてしまった人も
居ることだろう…

そんな人がまた、
これまで全く関わりがなかったとはいえ
同じく生活を共にする仲間が
悩み抱えて弱っている様子を
間近に感じることは痛ましく辛い。

これ以上、傷付くことに怯え、
傷付けることを畏れている。

ここでは、
唯一の居心地のいい場所として
心穏やかに居られるはずだった

のに。


もともと傷つくだけ
傷ついているのだから…



もう…これ以上は―。



ここに居たって、
いつ自分だって、
どうなるか…


そんな不安が

日々の平穏を脆くも、
打ち消し去って
心を曇らせた。




食事を運んでいた女性が

ハニコさんにどう接していいか、
わからなくて悲しくて
悔しくて涙を零した。



客観的に傷ついた人を見る立場に立って
悩むことになってしまったことで
心が揺さぶられているのだろう。






しじんさんはある部屋の招いてくれた。


この部屋の存在は本意ではないと言った。

けれど

必要だと、

気を許せない表情で語る。



だから村の人々に了承を得て、
村のあちこちに設置したカメラ。


その映像を記録し続ける
複数台のビデオデッキと
日付の付いたビデオテープの山。



小型のスクリーンがいくつも並び、

そこから村の全貌が見てとれる。




ここから村を監視…できる。



そう感じた。






これは…何のために……?






そう思うと同時に、
もうわかっていたことを
改めて推察させられた。



今のハニコさん、

そしてこの村の存在…、

村人の纏う雰囲気



どんなに人が注意を払おうと、
阻止しようと尽力しようと
起こってしまうことがある。



この場所でさえ、例外なく。






自らの命を絶つ行為、自殺。



する立場からすれば必然。


傍目からすれば、

迷惑な話か…

と思っていられないほどに


深刻な危機。




しじんさんは近くに居ながら、
それを未然に防げないことに
激しい悔しさを感じている
様だった。





しじんさんの思いとは裏腹、

そのときは

静かに…


そして


突然に…





……………





何日かして、
辺りが暗くなってから…



しじんさんがいつものように
モニターを眺めているときだった。


村の裏手の枝の太い木の近くに
白いパーカーを着た人影が
映し出されている。



生気のないような
たどたどしい動き方で何かしている。



枝にロープをくくり付けている。




………




しじんさんはモニタールームを
勢いよく後にする。



慌しくなる村の片隅。




もうすぐにでもロープから
ぶら下がろうとする直前だった。


ロープに手を触れ、
台座に足を乗せている。



さきほどの人影は
ずっと部屋にこもっていた、



ハニコさんだった。



ロープに首を通し、

台座から両足を落とす、


戸惑う様子もなく首を吊って

宙にぶらんと垂れ下がった。




しじんさんが息を荒げて止めに入る。




しかし、


ハニコさんは

すでに自殺を図った後だった。




他の村人も何事かと
急いで集まってくる。



すぐにロープを外して
ハニコさんを下ろす。


首吊りの場合、
首を吊った直後に即死は大抵しない。






ハニコさんは、咳き込んで、




「死なせて−−−−」




激しく取り乱して、
死を決意しての行動だと
いうこと訴える。




「おねがいだから、

 死なせてよー!!!

 死なせろーーーー!!!」




もはや死に臨む者の剣幕に
死を強く肯定する凄みに

まさに、圧倒される。


そうすることが当たり前のように
主張する、決断の重みが

押さえつけた体を伝ってくる。



死のうともがくハニコさんに、
しじんさんは静かに語りかける。


「どんなに辛いことがあっても、
 生きてさえいれば

 まだ生きていて良かったと
 思えることがあるから…」


しかし、

そんなありふれた
生きることが当たり前だという理屈は、
死を持ってのみ解決を見込んだ者の
耳には届かない。


その唯一の救済の方法すら
遮られた今、


最期の力を使い切ったように
ハニコさんは脱力した。


そして


もう何も聞いていられない
という顔で再び絶望に意識を
埋めていく。




ハニコさんの肩を押さえる
しじんさんの手は震えていた。






一夜が明けて


自殺を食い止められたハニコさんは
再び誰とも顔をあわせないで部屋に
閉じこもるようになった。





自殺は気候に関係している
という報告がある。

明るい日より、暗く湿った気候、
季節に多いという事実。

しかも、北の地方で多発している

日本ならば、
青森や秋田など田舎などの
比較的人の少ない地域など。


世界で見ると、
西欧や北の地域など気候が一年中、
曇っているか

明るい気候に恵まれなかったり、
部屋で過ごすことが多い地域では
起こりやすい。


自殺者の割合では日本は世界9位。


日本で一年の自殺者数の年齢で
一番多いのは60歳以降で

600人程度で後の年齢は
10歳ごとに400人前後
となっている。


10代も意外と自殺している。

高年齢者の自殺は病院の
ベットの上の多さも挙げられる。


自殺する原因として考えられるのは
突発的な理由が圧倒的に多く、

普段死のうと思いもしようと
しない人でさえ、

これに当てはまることが起こりうる。


というのも気持ちが沈んでいるときに、
不幸なことや深く悲しいことが重なると
自殺する選択肢が導かれやすい。

これはどんな人でもありうるということ。

とかく
人間は弱さを抱えながら
生きている。


自殺抑止教育というものが
行われている国がある。

自殺について真剣に考え、
それを決して茶化さない。


そしてどうすれば自殺を防げるかを
教える教育を行うことで

高い確率で自殺者を減らすことが
できるのだという。







しじんさんはちょうど映像を
見ていた時で止められたが、
やはり未然にこうならないように

してあげられなかったことを
痛々しく思っているようだった。


彼女の心の問題は、とても深刻なようだ。



まず

彼女の家族だが母親が
早くに他界し、
姉と二人姉妹。

父親は真面目な性格だったが
母の死によって急変。

酒びたりになり、
暴力を振るうようになる。


しばらくは

ハニコさんは姉と一緒に耐えていた。


そうハニコさんには姉がいた。


この姉の存在がハニコさんにとっては
大きな意味があった。


唯一の支えだった姉。


どんな過酷な状況でも、
ハニコさんを励まして
なんとかやってこれたのだ。


とても笑顔の素敵な女性だった。




父の死によって、
天涯孤独になった姉妹、
頼る身内はいなかった。

なので施設で生活することになる。




1年前、ハニコさんの姉は、

この地、

しじんの村を訪れている。



それを知ることになったから、
ハニコさんがしじんの村に居る。





なぜ?



ハニコさんの姉は妹を残して、
この場所に来て、そして…







死を選ぶことになってしまったのか…





ハニコさんははじめから
姉が自ら生命を絶った、

この地で死ぬことを決めて
訪れていたのだ。



姉を失った、
ハニコさんの慟哭は
決して時間が解決してくれる
生易しいものではなかった。



数日してハニコさんはやっと人と
話すことを受け入れ、

僅かながらやつれた表情で
つぶやくように口を動かす。



ここへ来て良かった。

しじんさんに会えてよかった。

皆さんに優しくしてもらったのに
迷惑かけてしまってごめんなさい。


でも、もう死にたい。

死ぬことしか考えられない。




今のはハニコさんは信じられる
存在を失って、この上なく傷ついている。


哀しみによってえぐられた
心の空虚は一生満たされない
かもしれない。


話を聞いていた、

しじんさんはやりきれない
思いで居たに違いない。






数日して、


この状況を見兼ねたある青年が
ハニコさんを呼び出す。


ハニコさんに

話しておきたいことがあると、
湖が眺められる場所に
設けられた休憩所にある
テーブルに備えられた椅子に
腰掛けながら心をほぐすように
話題を振った。



彼の名はS・カルマという。



彼は5指に入る有名大学で学んでいたが
居たが本人の人間性より派閥のある、
人間社会の性質と属さぬ者が排除
されていく仕組みと

それを黙認して当たり前な顔を
している人たちに幻滅して、

学歴や自分自身の過去に関係ない
この場所にきたことが

彼の自身の歩き方となったのだという。




S・カルマさんは、

ハニコさんの姉と
特に親しかった人ということで、
ハニコさんがしじんの村に
来たことを気にしていた。


他人事ではないと思っていた。


ここに来て彼女が死を選ぼうと
してしまったことを重く考え、
今まで言うか、

言うまいか迷っていた内容に
触れることにしたそうだ。



これはハニコさんの
心が安定しているときに
話したとしても

逆に不安定にするかもしれないので
伏せていたことでもあった。



彼女の姉の過去についての内容だった。



しじんの村に来てからのこと、
彼女と親しくしていたこと、
彼女から聞いていた
妹・ハニコさんのこと、

そして姉の残した最期の言葉

(S・カルマさんに宛てられた遺書)

のことを丁寧に話し、


遺書自体もハニコさん見せた。


彼女とのことは

今でも心にずっと
あり続けていることを告げた。




遺書には


皆さん、よくしてくれて
ありがとうございました。

ここに、来て本当に良かった。


迷惑をかけてごめんなさい。


私のえらんだことなので、
迷いはありません。


本当にありがとうございました。


さようなら。






こうして遺書をハニコさん本人に
見せることは、

賭けのような感はあった。


もしこれで、
ハニコさんを傷つけて
しまうようなことがあれば、
大変なことをしてしまったことで

自分を責め、

耐えられないだろうことも
わかっていた。


それでも伝えることでしか
今の彼女を真剣に見つめることが

できない自分の精一杯の誠意を
示したつもりだった。




すると、


その日を境にハニコさんが
少しずつ元気を取り戻していった。



よくS・カルマさんとハニコさんが
談笑する姿を見かけるようになった。


ハニコさんは姉のことを知っていた
S・カルマさんを信じられる存在
として受け入れ始め、


自分の一番大切な人・姉の死の真相に
少しでも触れることができて、
求めていたものが見えてた気がしていた。



それから動物の世話や畑仕事のお手伝いを
したりして、日々を過ごすことになった。


S・カルマさんがよき相談相手に
なってくれたそうだ。


後日、S・カルマさんはこっそりと
ハニコさんに好意を持っていることを
教えてくれた。




これでハニコさんもS・カルマさんも
しじんの村でなんとか気持ちの
整理をしながら、


心の傷を時間が解決してくれる
ものと思われた。













突然の夜の不可解な出来事を


聞くまでは……








S・カルマさんが行方不明に
なったのだという。



皆で懸命に探しても見つからない。


何処を探しても…いない。



いったい、S・カルマさんは何処に?










翌日、S・カルマさんが見つかる。



どうやら裏手の湖のほとりで
発見されたようだ。




遺体となって。





………



彼の謎の死に集まった村人たちは
とても動揺していた。



ハニコさんが自殺しようとした
とはいえ、それなんとか
未然に終わった。


それに、そのあとの、
心のケアをしていた
S・カルマさん本人が、
まさか誰も亡くなるなど
想像できるはずなかった。



なにより、長い間
共に生活して、生きる気力を
取り戻しつつあった
村の一員だった彼が…


なぜ…






沈黙が一同を支配した。




暗く沈んだ表情はより
影を色濃くしていく。





沈黙を破ったのは、
一人の男性だった。




男性はもう我を抑えることが
できない様子で取り乱し、


奇声をあげて部屋の壁に
貼ってあったしじんさんの詩を
綴った用紙をひたすら破りまくった。





彼を抑える別の男性たちは、
必死に暴れようとする彼を止める一方で

仕方なかったという諦観と、
自分も破れるものなら
いくらでも破ってしまいたい…

めちゃくちゃな思いが、
平静を保とうとする理性を
上回っていた。


どうしようのない慟哭を
晴らそうとする衝動を抑えることに

必死の顔でがむしゃらにこらえていた。


中年女性も、しじんさんも
大人であろうと、

大切な友人以上の彼の存在の喪失に
抑えられない大量の涙を流した。



ハニコさんはずっと黙っていた。



危惧していた、
彼女の心の深い傷が
さらにえぐられるような
現実に直面した。




それから、
ハニコさんはだまったまま
部屋に戻っていく。


大切な存在を二人も失って、
その哀しみはもはや想像に
耐えないものであっただろう。





もう


ハニコさんは部屋から
出てこなくなった。




S・カルマさんの死が自殺であったことは
遺書が彼の部屋で発見されたことで
決定付けされた。





生と死の間



そんな詩を書きながら



しじんさんは、こんなことを口にした。


「今回悲しいことになって
 しまいましたが、

 死を覚悟した人間というのは、
 すぐわかるんですよ」


もう疲れた雰囲気が感じられる、
しじんさんの表情としぼり出すような
声が辛い現実を突きつけてくる。


「生気がなくなっているというか、

 死のうとする意思を
 持っているようなので」




「そういう意味では
 今のハニコさんは、

 極めて危険な状態です…」







自殺者は自分の自殺を他人に
認識してもらいたい

(心のどこかで見せたがっている)

ということで、

自殺未遂を連発することがよくある。


リストカットや睡眠薬などで軽い死を
無意識に繰り返してしまう。


これに反して、

首吊りや飛び降りは確実に死ぬことを
前提で行うため、

こうした自殺方法とる人は
もう自殺願望が末期的に
高まっていることが言える。

自殺のケースとして死ぬ場合、
直接の原因もあるが
ショック死がよくある。

つまり意識的に自分が死ぬ様に
仕向ければ死にたくないという人より
死が訪れやすいのは必然となる。




生きることも、死ぬことも、

選べない人間は何処に居ればいい?


何処に居たら心休まれるのだろうか…




それから数日して

ハニコさんは部屋から居なくなる。



置き手紙を残して。



手紙には




皆さんありがとうございました。

もう一度生きなおしてみます。




とだけ書かれていた。




ハニコさんは
自らの意思で村を去ったのだ。




しじんさんはハニコさんの決心を
真摯に受け留め、



「ハニコさんはもう死を選ぶことは

 ないでしょう」



そして、




「これからもずっと

自殺志願者たちの手助けをしていきたい」



とその意思を明らかにした。

ここに来て、疲れた翼を休めた人は
いずれはここを離れていく。


自らの意思で。


それが一番いい。


彼が村を作ったことで、
ここに訪れた人々の寿命は
延びたかもしれない。


死を選ぶ前にここで少し休んでから
死ぬのも遅くない。



こんな場所があるよって。

ただそれだけの場所だけど。



この場所はこれからも開けている。





最後に

しじんさんは深々とお辞儀をして

私たちと別れた。




私たちがここへ訪れたことが
彼らにとって予期せぬ事態だったなら、

彼らの心に土足で入り込んで、
内側を騒がせて乱してしまった

のかもしれない。



それでもこの場所が、
あるという事実は一つの居場所

なのだということを…




 
後にしばらく経ってから



私たちは

2006年6月に
ハニコさんと再開した.


彼女は都会に住み仕事をはじめ
今では充実した日々を
送っているという。


今度こそは本当に。


彼女はしじんの村について聞くと、


「あの場所に行くことができてよかった。

 しじんさんには本当に感謝しています」



そして私たちは互いに別れを告げた。






私たちは再び、
あのしじんの村がどうなっているのか、
しじんさん会いに行くことにした。






しじんの村という看板のある村まで
たどり着いた私たちは

何がどうなっているのかわからず、
驚き立ち尽くしていた。



なぜなら、


しじんの村だと思って訪れたここには
誰にも居なかったのだ。




いったい何があったというのか…



施設はしばらく使っていないと
見て取れて、廃屋のようにさびれていた。



本当にここには誰も
最初から居なかったかのように。




ただ、

しじんの村という看板と施設軍が
不気味にたたずんでいた。





一体何があったのか…


それでもいくつか



調べていくうちにわかったことがある。




それは



ここが2年も前にすでに閉鎖が
決まっていたことだった。





そして、その決定的な理由だったが…



代表者のしじんさん自身の自殺だったのだ。




それ以来、この場所には誰も居ない。




私たちと別れた後、

いったい、ここで何があったのか、
それを知るために訪れた場所がある。



あのモニタールームである。



今はもう誰も操作する人がいないため、
放置状態となっていた。


もうここにある機器類は
主を失ったときから


もう

動くことはなかったのだ。



部屋に残っていたものがあった。


ビデオテープの山である。



2004年11月13日までの
ラベルが貼られたビデオテープ



もしかしたらそれら、
しじんの村がどうなったのかが、
記録されているかもしれない。



私たちは僅かな糸口をたどる様に
これらのビデオテープに
映し出された真相を探ることにした。



監視カメラは皆の取り決めで
付けられた抑止力だったはず。



今、こんな形で確認することになるとは…




残されたビデオテープに
映し出されていたものは…




その意図がわからぬまま、
衝撃の内容に私たちは
言葉を失った…





村人の自殺のシーンの映像が
記録されたビデオテープが
いくつも見つかった。



これはいったい
何を意味しているのか…



そして映し出されたシーンには
自殺する直前まで、村人が
近づこうとしない映像だった。


さらに、私たちが村を去った
あの日から、別の村人が次々と
自殺を行っている映像が記録されていた。


直前で止めに入っているしじんさん、

あるシーンでカメラを
意識しているような
そぶりを見せている。



しじんさんが止めに入ったようで
実は強引に突き落とそうと
しているような場面があった…





これはいったい…






しじんさん自身が湖で水死体となって、
自殺が確認された今となっては
もはやなにがどうなったかは
知る由がない。



もう間もなく、

ここは完全に閉鎖されるらしい。






しじんの村にはもう誰もいない










事実を積み重ねることが

真実に結びつくとは限らない…■










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