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2007年06月22日

#15 見えない鬼

夜が間近に迫った人気のない山道で
車を走らせていた。




そもそもの発端は、
どうということはない。

いつまで続くかわからない路を
行くハメになったのは
連れとドライブに出かけた帰りがけ、


今まで通ってきた路を辿って帰る安全策を
とったにも関わらず、


無闇で闇雲な渦中に迷い込むことになった。



こんな道も知らない脇道をひた走る事情は
面白半分に迎えたというより


不可抗力だろう。



ただ、迷走状態に行き着く要因は当初より
抱えていた日常にあったかもしれない。


フラフラと行く宛てを定めずに
行くところまで行ってみよう的な無意味さを
経験しようと思い至った、事の始まり。


桜の開花宣言を頼りに、開催地に赴き
花見しながらのんびり気ままに過ごそうとか、
人の集まる場所へ車を走らせ軟派するだの、
うまいラーメン屋がここら辺にあっただの。


話しているうちは面白い。


そう、期待して話しているうちは。


何事も。


目的地に着いてしまうことより
その過程にあることが心躍らせている。



とりあえず、

何事にも行くところまで行って
路頭に迷うなんてよくあることだ。



もはや、計画通りにいかない、
意味わからない状況に陥る

それすら、

浅く低く薄ら笑いを浮かべ嘲笑し、
不可能さというものを弄んでいたりした。


明確な目的を持たずに行動が先行する。
目的を持たない、
ことすら目的になってしまう


フリースタイル。


フィーリングの世界。


若き存在の力…アグレッシィヴ




適当。





それが通用する連れ合いだから、こそ
異性でなくとも連れ立って出掛ける。


相棒?、連れ?、親友?


生ぬるい。




もっと!ナマヌルイ関係。


むしろダラシナイ部類


いや、ハシタナイか…


どうでもいいのに、
無茶やってもなんとかナントカ


無用の用というものを、
口にしなくとも

なんとなく理解しているから
こういうことになる。


いや、わかっていないかもしれないが
空気感に何かを見ていた。


お互いにそれを居心地よさだと思っていた、
ただそれだけのことだろう。




自由奔放、怠惰、着脱、解放



そして、淘汰、破壊



かけた音楽が今の状況に反して
ポップで陽気な曲が回って来たので
ボリュームを幾らか低くした。


ナビを担当していた隣席の
相方は先ほど前から
言葉を失くすかわりに


定期的に耳障りな呼吸音を
繰り返しては


首を垂れていた。




(-_-) ...zzzZZZ



………( ̄△ ̄#)



この安い中古車に
高価で高性能な案内役は

有無を言わず

付いて来てくれるはずもない。



だから、自力で何とかする。


まだまだ地図自前でも時代は
進みすぎていないだろうし。



にしても


肝心な頼りは今やもう、うわの空


呑気なものだと野次る反面、
ここまで身を任せて

無防備にシートにさらしていられるのは、
それだけ気を許し、

気が合っている間柄なんだと
自分を納得させていた。


そうでもないと
無神経な野郎には悪戯をもって、
処理したくなる衝動が大きく。


それをこらえる葛藤で運転に
支障を来たしてしまう。


ちょいオトシメ精神。


対象者は時と場所を選ばずにやってくる。

調子にのった輩には人間社会の裏の圧力を持って
わからせてやらなければならない。


間合いと隙、僅かに生じる虚、
仕込みの瞬間をうかがってしまう
儚くも悲しき性。


音楽を消し去り、精神統一


リスクを冒してスリルを
貪る獣ごときエイミング



(・_・)...zzzZZZ



眼を開いたまま、寝ているのか。

器用なヤツめ。

いや寝たフリか…



ときどき、よくわからなくなる。



いきなり鼻歌交じりに、浪漫飛行

わからない歌詞はもちろんアドリヴで。



くっ、期を逃したか、

仕損じたときの空虚


獲物を逃げられたときの野良猫のやるせなさ


どうやら、

今は未だそのときではないらしい…




どうかしたか?



うっさい



大きなあくびと伸び



コノ野郎…




ともかく


どこまで続くかわからない、
不安と焦りでハンドルを握る拳は
自然に力が入っていた。

眠気がそろそろ、
いいところまでまぶたが
重さを増してきている。


限界になったら、
道脇に車を寄せて仮眠を…


いや限界を感じる前にどうにかすべきだ。


月明かりすら見えない薄闇の道を
走らせて思索していた。


決断を先送りにしながら。


傍らの者を責める気力すらもうない。


これまで何度も交代で運転を変わってきたのだ。



無理もない…



ただ、今はそれだけしかなく


すでに一日の体力も、精神力も、

使い果たす目前で


疲弊していた。


運転するということは精神力を要する。

だから意味ある理由や、好きでないことには
長続きさせられるだけの集中力の持続は難しい。


ただそれは

一時的なものであったり、
継ぎはぎであっても


早く体を休めてしまいたい。




ふと、そんなときのこと…

周囲の暗闇ゆえに、
かえって目立つものがある。


ここら辺で進むことを
諦め車を留めて、朝まで休息を

と思いかけていたとき、


道の向こうに地上の星が
輝いているような僅かばかりの光が
にわかに発したかの様だった。



それを確認するように同胞が、
身を乗り出し確認しようとする仕種。


ん?


確かに向こうに。


遠くに光が見えたような?



民家があるかもしれない。

窮地に立たされたもの心には
即座に欲求を満たす期待で
それが希望の光であるだろうと
容易に導かれていく。


それだけ、切迫して疲労している。



だがその光は曲がりくねった道と
周囲を囲む木立に遮られてか、


消失した。



ヘッドライトの視界の向こうに見えた
救いの光は単なる幻想に過ぎないのか。


すると、トンネルが見えてきた。



それほど長いわけでもないが暗闇も助け、
不気味さとアクセルを吹かせる音と
相まって圧倒的な空間を見せ付ける異様な孔


さらなる洞穴の闇へ意識をいざない、
どうしてもその深きいずこか彼方へ
向かわねばならぬ衝動に一層強く
かき立てられ足を躊躇なく踏み込ませる。



のみ込まれるように。


トンネル、それ自体が急激な吸引力で
訪れるものの心を試している。



もうこのまま、
一度でも入り込んだら最後
全く別の空間に抜けている、

もしくは

その先には考え及びも
しないであろう何か…


はじめから

何も存在していなかったのか…



夢の終わりが
暗闇の向こうにあるとでも?



相当ボロなトンネルだな


おいおい、


今はバケトンツアーなんて
気分じゃないぜ




愉快な好奇心や興味本位な余裕
などいう感性を持ち合わせて、
こんな場所へ来たわけではない


たとえ、こうなる前にそれらが
あったとしても…

今はもう消え失せ、
気持ちも萎えきって
笑ってられない状況だ。



とにかく暗いのだ。


しかもさらなる闇は
いかに光で道を示しても
その便りの道標すらもことごとく
ちっぽけで惨めなものかえてしまう。



引き返そうか?


しかし車を停めてしまえば
なんらかの影響で不可解なまま
二度と発進できなくなるかもしれない。

そして、たとえ車内にいても
何者かが正体を見せぬままに接近し、
気付いたときには手遅れなんてことに
なりそうな気配がしてきているのだ。


ただの焦りから
きていることを願いたいが。



早く抜けちまおう


ああ。




さすがにもう眠気のピークは過ぎ去ったか。
見えかかった希望にすがっていなければ
ホントに気を失ってしまいになるくらい
底知れぬ闇に精神力を奪われていた。



だが、

ハンドルが少し重いような気がする。




トンネルを走り抜けようと
先へ先へと見やっていく。

ポツリと光が見えて難なく、
トンネルを抜けていく。


なんてことない。



見てくれだけのトンネルに過ぎんさ



しかし、


あるいは、すでに





トンネルを抜けるとそこは…

僅かな明かりと闇が広がっていた。


ただそれだけだった。


この時点で不可解な世界に迷い込んで
抜け出せなくなった原因を
作っていたのかもしれない。

勢いよく通り抜けた若干2名には
何がどうなっているかなどを
理解するには何も見当も付かない。

理解しようとするだけの
思考能力すら疲弊しきった状況では
まともに働いてはくれなかったのだ。


そして未だ何も起こっていない。


しかしそれ至る、
発端は単なる偶然だけで
当事者にならなければならなったとは
言えないかもしれない。


不可解な世界に一歩でも
足を踏み入れてしまったことで
自ら闇へと引き込まれることを


よしとした…



僅かな明かりを頼りに車を走らせ、


ようやく、


その光源の場所をつきとめた。


車を寄せていき、駐車した。


光はある建物から
漏れ出しているように感じた。


誰か住んでる居るんだよな…



こじんまりとした家屋がある。


こんな山奥に一軒だけ、なぜ?



いや、



今まで一向に人の住んでいる
気配がなかったのが
おかしかったんじゃないのか?


ただ、家だけがぽつんと
そこにある感じがする。

ずっと小さく感じていた
光は、息を落ち着かせるような
独特なあたたかみを感じさせる
明かりに思えた。


それは、行く先もわからず、
彷徨っていた旅人にしたら
希望の光にさえ見えなくも
ないだろうと思えた。


誰か住んでいるなら、
頼んで泊めてもらえないだろうか…


そんな淡い期待を抱きながら
座り疲れた腰をあげ、

ボロいがウチらをずっと運んでくれた
愛車を後にした。




……………




古い建築物であることをうかがわせるが
しっかりした造りだと思えるその家は
暗闇中でそれなりに目立っていた。


果たしてこの見知らぬ土地で、
こんな夜中に全く知らない若輩者二人を
この家の主は、快く出迎えてくれる
のだろうか…


不安に胸を締め付けられるようだった。


入り口の扉を叩き、尋ねる。


その声は暗闇に放たれたきり
返すものが何もないような
むなしさを妙にあおってならない。


反応はない。



しばらく無言で立ち尽くす。


こんなときに僅かな希望さえ
自ら手放すことすら…


容易に切り出せない。


もう、

二人してここでなんとかして
やりたいという最後の望みに
ひたすらだんまりを決め込み
立ち往生することも

もはや、あるがまま…


どうしようか…


と思い、目を閉じて
うなだれようとしたとき、
扉が開き…


現れた。


着物を羽織った更年期の男性が。


おう、おう


と、来訪者の表情を
うかがって


どうかしましたかな


と、物腰柔らかい態度で
接してきた。


ここで、悪印章与えないようにと
気を配ったつもりが疲れ、
焦りで危うい口調のまま、

事情を説明した。


ご年配は、ふむと考え、
切り出してきた。


もともと、ここは山荘で
民宿を営んでおり…

観光者を迎える用意は
できているとのこと、
一泊ぐらいは容易いと…


後先見えない、
ふしだらな軟弱者若干2名

天国の扉が開かれ、
救済を施されたかのように途端に
気持ちが晴れやかなものになった。


とにかく疲れていたのだ。

その疲れを癒せる寝所を
確保するというのが
こんなにも重要なことだと
改めて思うのだった。


さすがに、ネカフェで
幾晩も過ごす常習犯であろうと
背を伸ばし布団で寝られることを
どれほど幸福なことだと
思っているのだろうか…

車のシートで休めばいい…
それで済んだかもしれない


だが、長くは続かない…


休息を求めていた。

それがこうして休める場所へ
足を運ばせた。

ここにたどり着くことが
ウチらにとって運命だった。


神は哀れな仔羊を
見捨ててはいなかった。


都合のいいときだけ神の存在を
認識するこいつらには


この山荘の主は山神にすら
見えたことであろう。


それから

客間に案内され、
必要な説明を受けた。

幸い、手荷物はほとんどなく
車に置いてあるのも僅かなものだ。

主は屈託ない笑みを見せて
突然の訪問者を出迎えてくれた。


さらに気前のいいことに

ご主人は、
手料理を振舞ってくれたのだ。
普段は利便性になれた生活に中で


安く・早く・旨く

の三拍子についつい
手を伸ばしてしまいがちだ。


自然の味、

体への優しさと新鮮さ
体が求める旬と素朴さに


ウメぇ〜


風味絶佳とは、このことか。


美味しい…


本心からそう思った。



ウチらは満足して
長時間の疲れとイライラが
解消されていった…


行き先もままならぬ、
状況がなければ…

もう一度この場所にくつろぎに
来たいとまで思ったことだろう。


だが、今の状況がなければ
この場所に辿り着くこともなかった。




……………




ある程度落ち着くと
主は客間を後にする。


そのときになって、
主の顔付きに不思議に
意識がいった。

やや前かがみなのは、
歳のせいだとしても
気になったのは


その目がすわっていたことだった。


見開かれた目は、何をそこまで
眼を凝らして見ようとしているのか…


いや、

何も見ようとしてはいないのか…


その目線はギロッと上目使いに
前方へと向けられている。


器をカタしていく主人の去り際に
不意に、その表情を視認してして
しまったのだ。

それまではうつむき加減で、
細めに、人柄のよさそうな
笑みを投げかけてきていたため
妙な感じがした。


だが、身体的特徴を
とやかく言っても仕方ないだろう。

なにしろ、ウチらとって命の恩人と
言える人に対して偏見は失礼だろう。



それにしても、
ここに来てからすぐの主人の対応は
手馴れたものだった。


まるで、


来ることがわかっていたかのような
手際のよさだった。


その手並み…

プロの業か。


見事だ。


いい仕事してる。



だが、ウチらは…
タダ飯にしては豪勢すぎて
手持ちの財布の軽さに
ヒヤヒヤすることも…



にしても、ああ、よかった


体を投げ出して、

くつろぎに浸った。


あーよかったよかった、とか


生命の危機はナントカ逃れた、とか


一時はどうなるかと思ったぜ、などと


体を横たえながら、二人して大袈裟に
ここに来るまでの精神的な不安が
まるっきり吹き飛んだかのような
陽気さでお互いにおふざけかまして
気分を紛らした。



けれど


ここに長居はできないだろう。


厚意に甘えすぎるのも
迷惑になってしまうことがあるから…


ここにきて


辿り着いた先で忘れていた
不安を思い出した。


ここはどこなのかと…



そして


どこへ行けば帰れるのかと…



主人が再度、

部屋にやってきたときに
尋ねることにした。



布団などの寝具の用意までしてくれた主人は

聞きたいことがあると尋ねると、


それではお待ちください


と言ってから、あるものを運んできた。



いかがですか?


おっと…、これは


地酒でございます。


いただきます。




ウチらは、ご主人の人のよさに
すっかり気をよくして、


奈落に堕ちて、極楽へ至る、


それを、受け入れた。


口にして、その滑らかさに
のどを一気に潤した。


口当たりがよく、
味に嫌味はないが
舌に僅かな刺激がほとばしる。


これが酒だとは、思えなかった。


舌に伝わる程よい感覚に
気持ちを整理して気にかけていた
話題へとスムーズに進展させられそうだ。


それでなんでしょう?


ここがどこなのかということ


どうすれば公道に出られるのか
ということ


世話になったが一晩休んだ後
ここを発ちたいこと


などを、主人に伝えた。



主人の返答は期待にそうような
的を射たものとは異なっていた。



そもそもこの場所はどこなのか…


はっきりとは話してくれない。


ん?



確かに何かを話しているようなのだが
ごもごもと口元で話すだけで
意味がわからない。



いや、だから


ここは…




ラチが明かない。


さっきから、
酔いがきているのか…、
首を左右に振って
正気を取り戻そうとした。



とりあえず、
話を聞いてみると
こんな人も来ないような場所に
なんでひっそりと山荘があるのか…


もともと、
猟師が使っていた山小屋を
改造して作ったということらしい。


こんな話はご存知かな?


どうやらこの土地にまつわる
伝承とでもいうのか…

そんな言い伝えを、
主人が語り始めた。


泊めてもらう手前、
もう寝たいから、
後にしてくれと申し出ることは
はばかれた。



ゆっくりと語りだす語り口は
どこか浮世離れしている…


見開かれている目には影が差し
さらに別の何かを

とらえているかのようだ。





内容は、こうだ。


******************************************


昔のことだが、

この土地には人がいなくなることが
よくあった。

その原因をつきとめようと
山に入った者たちが何も見つけられずに
戻ってきたり…

行ったきり、二度と戻ってこなかった
というようなことがあり、


何が起こっているのか、
しばらくわからなかったそうだ。


不審がった者はことごとく、
この場に訪れることを避け、
ただでさえ人口の少ない山村からは
次から次へと人が離れていった。

村の若者があるとき、
激しい形相で帰ってきたことがあった。


様子を見るに、言動がおぼつかず、
振るえて自身の肩を抱いたまま
小さく固まり、事情を話せる様子ではない。


しばらくした後、


若者の目は定まらぬ焦点でぶれ、ちらつき


あそこには化け物がいる


と言ったきり…
奇声を上げ、行方を暗ました。


おかしなことが続くものだから…


狐につままれたのではないか、


アヤカシの類に人が襲われている
のではないか、

と噂されるようになった。


地元の人々は不注意に
単独で山へ赴くことを
極力避けるようになった。


しばらくの後、


その噂を聞いた者が
山に住まう化け物だか、
妖魔だか、わけのわからぬ

その、ものの怪の類を

退治できないかを考えた。


名乗り出るものは多くなかったが、
幾人かが勇敢にも
正体の知れぬ脅威を
打ち消すため、

山へ挑んでいった。



そういった者でさえも
行ったきり戻らぬことは件の如し。


遠方より参った、修験者が

この噂を聞きつけ、長年高めてきた法力を

今こそ、救われぬ民のために
尽くせさねばならぬと発起した。


村人はこの修験者に望みを託した。



山伏さま、おねがしますだ


どうか無事に戻られますように…




村人の心は天に祈る祈る思いだった。

ずでに何人もの、
勇ましい猛者たちが決起し
この場所を後にした事を
最後に消息を絶っている。


もはや、

ただごとではなくなっていたのだった。


勁健なる山伏は、
錫杖を地面に叩き付け、
杖に連なる環をかち合わせ
シャンシャンと響かせた。、


経を唱え、気概を極限に高めていった。



道中、修験によって山道、獣道に
慣れていえると言えども歩みを誤れば
方向感覚が狂い、どこまでも続く緑の中を
彷徨うことになる。


気は許せない。


また地形の把握と自らの辿った道を
自身にのみ理解できるなんらかの印、
マーキングを行うことで

常に方向と位置を的確に
判断して険しい山道に
分け入っていく。


人が入らなくなってから、
山道はもはや、やぶや茂みで
通常ならそれだけで一苦労
するだろう侵入者を威嚇する
デンジャラスゾーン…


誰一人として手助けしてくれない
過酷な深緑の自然環境…

人間が切り開いた世界に
慣れたきった個人では
むざむざ無力さを思い知らされる
ことになろう…



だが、



それを克服する手立てがある。



それは…



それこそが人間の奇跡の生命力。


物言わず、新境地を物語る。



地の利を利用すること


それこそが…





修練によって馴染ませていくこと


あるいは、

知恵を扱い、考え尽くし対処すること


すなわち、

環境に適応するということ


この力強さで、
過酷な環境を生き抜くことも…


また

数多の同類を争いによって
葬ってきたこともあるだろう…



もしや、

その地の特性を活かして
訪れるものを次から次へと
排除している者こそが


ここでいうところの
退治しなければならない化け物


なのか…


相当の知能犯、それとも愉快犯の仕業か




正体を現さないだけだけ、
真意はうかがえず、


その手口もつかめない


未知の脅威に挑むほど
不意討ちによる被害は甚大だ。


悪意から身を守るために
そして、それを凌ぎ、
討ち倒すためには
標的を上回る決め手が重要となる。


そのために先手を制するというのは
相手に与える致命的な有効打に
成り得るだろう。

先に、相手を制した方が
この馬鹿げた滅し合いの行方を
左右する舵を引くことになるだろう



そのための地の利か…



謀られて、おとしめられて
他の者と同様に屠られるのか


負の連鎖を

食い止めることができるのか



もうこれ以上の犠牲者を
増やしてはならない。


全身全霊で当案件を処理する。


山伏の意志に揺るぎはない。


さながらその形相は金剛手のように
頑強なまでに憤激の念を表した。



………


山に分け入ってから、
数時間が経過した。


どこに潜むとも知れぬ、
不浄のものの怪に

いつ何時も気を許しては
ならぬ状況は


どんな者でさえ酷な話だ。


修験道に、心身を律し続けてきた
この者にとってそれは修練に等しき、
苦境であり…

そして、

未だかつて対峙したことない
最大級の試練…

生命を落すかもしれない、
過酷な試練だ。


なんとしても

乗り越えねばならぬ。


これまで培ってきた
初歩的な護身術から
調伏の極意に至るまで、

鍛え上げてきた感覚を総動員し
相対したとしても苦戦を
強いられることであろう。

精神力の削り合いが
この持久戦というなら
なおさら気を抜くわけにも
いくまい。


やがて暗がりに陽が落ち、
闇が急激な早さで木々の間から
迫り来る。


夜営も重々覚悟のこと。


修験にその身を鍛えしは
一日の大半を重荷を背負い、
暗き、道なき、野山をひたすら巡る。


よって体を休めることなく、
先を急ぐ鍛錬には慣れている。


暗闇の中を行く、
獣ごとき夜目をも
備え、夜の道を行く。


明かりなき夜の森


山の急斜面、木々の根、蔓、枝、
視界遮る無数の植物、足元の不安定
巨大な岩壁、障害物は尽きない


闇雲に進むことは死を意味する、
雄大な自然の作り出した無造作


個人とって、山という
自然の作り出したあらゆる神秘の集合体


それは、利にも害にも成り得る。



歩哨さながらの慎重さで
一歩一歩を踏みしめる。



暗闇の向こうに明かりが見えた。


誰かいるのか…


先に、村を後にした者が
留まっているのかもしれない。


あるいは…



行って確かめるのが確実だ。


覚悟はできている。




………




訪れると明かりは古い山小屋から
発せられている。


十分に用心し、入り口手前に立ち、
内の者に向かって尋ねる。


鬼が出るか、邪が出るか


この扉を開く者は何者か…


懐より数珠を掌に絡ませ握り、
出迎えを待つ。







現れたのは…









しわがれた老婆であった。


皮膚から血管が浮き出て、
関節は角張り、骨・筋が浮きでいるが…

体格が、がっしりしている。


こんな人気のない場所で生活を
続けるには相当屈強でなければなるまい。



こんな山奥に老婆とは…な



山姥か…






これはこれは、山伏様

夜も遅くにお疲れでしょう。

こんな、なにもないあばら屋に
ございますがよろしければ
いくらでもお休みになっていって
くだされ。



にかっと、口元をゆがめる…

その口内は前歯が数本欠落し、
のど元からシュー、シューと
声を出すたびに風のかすめる
不快な音がしてくる。



今日は山で獲れました、
鹿肉がございます。

どうぞ召し上がってはいかがですかな。



たった独りで、
獲物を仕留めたというなら、
随分とタフな、おバァだ。


相手の動向をうかがうため、
不審に思われぬよう気を払い、

小屋に招かれるをよしとした。



部屋に迎えられると、


そこにはすでに先客が居た。


考えごとをしているように
黙りこみ、座っていたが

こちらに気付くと声をかけてきた。



よう、奇遇だな


お客が他にも来るとはな。




腰からぶら下げている長物かして
武芸者ようである。


身なりのぞんざいさから、
流れ者であろうことを思わせた。


妙に気安いものだ。


それではお客様方、
とっておきをお持ちしますゆえ
お待ちくだされ



無機質な笑みを浮かべると
たくましい老婆は部屋から離れていった。


部屋には、山伏と浪人が残された。



老婆がいなくなることを確認してから
浪人は話しかけてきた。

物腰からしてもまったく気安いものだ。



こんな山奥に小屋があるとはな


あの気のいい、ババは
拙者の伯母様に似ておってな…
懐かしゅうて、
幼き頃を思い出すよって



ふむ、こやつはあのババとは
知り合いではなく、

そして

疑ってはおらぬようである。



このような、山奥になんの用で
来ているのか、


だが、
こちらの手の内を容易に
明かすわけにいかない。



我は精進ため、行脚しておる。

なれは何と?



すると、浪人は何をうかがうのかは
知らんが左右を確認してから近くに
寄ってきて、聞こえるか聞こえないかの
小声で話し始めた。

何を気にしているのか。

秘密にしているというなら
初対面の者に明かしてしまうのでは
意味がなかろうが…


ここは、

そんな疑問も腹の内に留めて
黙っていることにする。


実はな、この山奥に潜むという化け物を
探し出し、退治しに来たという所存よ。


その怪異がどこに潜むの、探しておる
ところにこの小屋があった。

あのババに聞いてみようかと
思っておったのだ。

そこに旦那が参ったというわけだ。




……………



どうやら、
ご同類ということらしい。



左様か…




だが、こちらは馴れ合いで
気を許すつもりはない。

群れを成し圧倒的な数の利は
力そのものだが個人の力を見誤れば、

甚大な被害を被る。


甘えが死を招くことを知っている。


鍛え上げられた達人ただ一人の
太刀回りによって、
組織は壊滅する。


まずは味方すらあざむけ。


協力者は互いの実力を認め合って、
その力量を把握した上で互いの
役回りに尽力できる信頼と遂行能力が
伴ったときでもなければ、

行動を共にすることは、
互いの身の危険を増大させるだけだ。


相手がただの達人を凌ぐほどの
強者なるときに数の利で
勝ったつもりにはなれんのだ。



なるほど。


だが、飄々とした
この浪人の底知れぬ覇気が
伝わってくることは確かだ。


先ほどからツバに指をかけている。
近くにはいるがいつでも斬り付けられる
間合いに位置している。

刀剣を手放さず、
腰に挿しっ放しというのは
単に無精というには


あなどれない。


斬れるものなら、好機をうかがって
刀身を肉に食い込ませ、一気に引き裂く

それを瞬時にやってのけるというのか…

理由を付けて切捨御免、
病的なまでに斬りたくて斬りたくて、

仕方ない。


悪・即・斬


斬撃、後に血飛沫


遊びじゃあない…
これは生きがい…

命を賭けている。


これなしでは今の自分はない

と言わんばかりに―


闇雲に空を斬り…
架空の対象との対決

あくまでそれは想像でしかなかった。
そうやって夢想して憧れの対象に
熱を覚えて自由気ままな強さへの衝動

小童のチャンバラ遊びはいつしか…



こやつ…相当、人を斬っておるな。



眼がギロギロとこちらの様子をうかがい

火鉢と部屋の中に取り付けられた油の灯す火


その光が、浪人の眼からチラチラ発せられる。

照らし出された影がざわめくように
躍っている。


ここに、おるではないか…



化け物を斬ろうという化け物が!



思うに…

危うく背を任せようものなら…

隙アリ!っとばかりに

斬りかかってくるのでは
あるまいな。



………


ババが奥から切り刻んだ肉を鍋に入れ、
運んできた。

チラリと見やると鮮やかな血色…
鹿肉と言っていたが、

これが獣の肉か…?


肉を食さぬ、身の上ゆえ
その判断はつかず。


暖を取っていた火鉢の上につるして
料理を出来上がるのを待った。


出来上がった鍋を振舞うババは
浪人をベタ褒めして、

それに気をよくした浪人は
何も疑うことなく食を進めた。


我は修行の身の上で戒律で肉は食せぬ


と断り、自ら用意していた
乾飯とカンピョウを食す。

普段から断食によって体調を
コントロールしているため、

さらに一日中移動しまわっている常、
荷物を下ろし腰をすえるだけでも
体調が回復する体質になっている。


ここに泊めていただくだけで結構


と付け足して言った。


通常ならば、
泊めてもらうまでもなく野営だが…

老婆の厚意だろうが…


だが、気を許すわけにはいかない



食も一段落し、
何事もなく夜が更けていった。

浪人は早々と眠ってしまった。


奥に行っておりますので
ご用がありましたら
お呼びください



といったきり出て行った。


いつも通り、仮眠をとることにした。

この状態ならば近付くものあらば
すぐに覚醒できる。

壁に背をやり、座ったまま休息する。

たった2・3時間でもじっとしていれば
一日を歩き通すだけの体力を蓄えられる。

短期集中だけなら疲労時でも30分程度、
休むことで通常通り活動できる
心身に調整できるだろう。


既に化け物のテリトリーに侵入し
その術中に堕ちているのかもしれないが
無闇に疑ってかかるわけにはいかない。









……




…………




……………………






意識を闇に委ねてから数刻の後…







……シャリ、………シャリ


……シュー、シュ………シュリ



……シャリ、………シャリ



なんの音だ?


はじめから浅い眠りにあったため、
その音には感覚的に反応することができた。



……シュー、シュ………シュリ




何かをこすり付けるような微かな音




シュ、シュッ、シュ……シャリ、



………




スース、ぐぅー、ンがー



呑気なものだな…


浪人の寝息は近くに感じるが
こする音はこの部屋からではないな…


鼠が悪さををしているのか…


ボロく、山奥の小屋だ。



小動物が夜な夜な何かをしても
不思議はなかろう…


ちょうど、

それが老婆が行った奥の間の方から
聞こえていることを感じた。


音を立てぬように立ち上がると、
上着を結って整えている組紐を外した。


数珠を取り出し、掌に絡ませる。


忍び足で奥の間へと向かって歩みを進める。


奥の間には台所と物置、

それから小部屋があるようだ。


音は台所からしている…


ただ、
眠りについているだけでは聞き逃しそうな、
僅かばかりのささやき…

その程度の大きさの音


これは単なる音なのか



なんのおかしなこともなければ
このまま気にせずに済ませられる
やもしれぬ…


…だが


……シュリ、…シュリ、…シュリ



ゆっくりと音のする方へ…近付いてゆく



少しずつ、

確かにその音が聞こえてくる
までに大きさになっていた。


開けっ放しになっている戸の前の壁に
背を向け、横目でその中をうかがう。


真夜中に明かりが点いていることかも
この中で音のする何かが起きている。


この家の主である老婆が、
何かを台所で行っている。

そう考えるが妥当。


実際にこちらの気配を悟られぬよう、
緩慢な動作で覗き込んで見る。


絶えず聞こえてくる音。



どうやら、

老婆がこちらに背を向け、
屈み込んでいる。


何があったのだ!?
ご老体、無事であるか…?


と、心配を余所に…


肩を浮かせて音を発する。

よく耳を立てて、聴いてみる。



老婆は何を思ってか、時折

よしよし、とばかりに

笑っているではないか…



……シュ、…シュ、…シュ


なんと。



真夜中に老婆が台所に立ち、

ほくそ笑むでいるではないか。


何に…いったい…




……シャリ、…シャリ、シャリ


……シュー、シュ………シュリ



シャリ、シャリ、シャリシャリ





依然、

聞こえてくる断続的で奇怪なかすれる音は、

すぐそこで聞こえるまでに確認できる。


老婆のなんらか仕業によって
音がしている…ようだな。


老婆に気付かれぬよう背後から近寄り
いったい何をやっているのか、


明らかにしようとした。


どうやら、

老婆は何かに前後に動かすことに
躍起になっている。


老婆はひたすらに…



老婆は…



研いでいる。



研ぎ続けている。



研ぎ石によって
既に鋭く刃先は研磨されている。


濁った輝きを発する包丁を
これよとばかりに


シャリシャリ、シャリシャリ
研いでいる。



深夜に何をそんなムキになっている?


取り憑かれたように熱心になっている様は
不気味すぎるぞ…


せっせと、せっせと。



これが元凶か…



慎重に来たため、
意識が老婆に集中してしまったが
台所には…


バラした肉片であろうか…
料理台の上に散らばったり、
つるしてあったりする。


また、

白骨が所狭しと人為的に置かれている。


調味料や酒筒などもあるが
まず目に付くのは…


骨だ…


何の骨って、晩に振舞われた
鹿など獣のものだろうか…と


思いきや…



それは猿か…


いや…



人骨か…!



解体された肉の向こうに
人間だったものの頭部が
転がっている。

顔にはまだ皮を被さっている。


生きていた姿は見る影もない…


これらすべてを小柄なババが
やったというのか




かような




…イッヒィッシュッシュッシュ…



感に障るを雑音を発して
研ぎ上げた刃物を見上げている。


その刃物でいったいどれだけの者を
屠ってきたいうのか…



か弱き老婆のという皮を被った…



化生の者めが…!





山小屋の奥に潜む怪異を

半信半疑で確かめに来た…


そうすることははじめから
疑ってかかっているからこその
行動であることは間違いなかったが…


会ったばかりの人物に
気を許さないことは誤ってはいなかった。


そして


断じて、赦せない。



山に赴くものをことごとく
殺し…バラし…


そして―


肉鍋として持ってきたのは人肉か…


人を喰う、ものの怪の正体とは…

こやつめか!



山姥



はじめからこんな山奥に
たった一人で暮らしているが
おかしかったのだ。

こやつの手のかかり、
その腹の中に消えた人の無念たるや…


よもや…


かような遅い刻限に
寝込みを襲おうというのか…


鋭い刃物切っ先で急所を
貫き息の根を止める。

力の弱き者でもたった一突きで
獲物を仕留めるには相手の油断につけ込み、
急所を的確に撃ち込めば可能となろう。


だが、

大の大人を無闇に突き刺したとしても
即座に殺せるわけはなかろう。

反撃を食らうことすらあろう…


だが、

獣を仕留め慣れた
山姥ならば話は別だ。


見事なまでにやってのけるだろう。



これ以上、かの者に
仕事をさせてはならない。


そして、

被害者を生み出しすことも…



手にしていた数珠を握り絞める。


そして、静かに一呼吸する。



部屋の中を照らす明かりは
ぼんやりとしている。

僅かに自らの影が揺れている。


老婆の影が一際大きいことに気付いた。

老婆の内より出でる殺意が、


まさに


滲み出でているようである。


首にかけてあった組紐を
手に結わえ、もう片方を掌に備え、
引き伸ばして張る。

再び、たゆませる。



条件証拠は揃っている。


かの者の注意にさられる前に
対処しなければ、

卓越した山姥の突きを避けられず
刺殺される恐れがある。

あなどれぬ老婆は一撃のもとに
命を奪うことに手練れている。

先手を打った者こそが
戦況を優位に運べる定石だ。

山姥の手口をこちらから
くつがえしてやるのだ。

そのお得意の突きを一度たりとも
繰り出させなければいいのだ。


迷いはない。


静かに、そして迅速に!


老婆の反応など構うことなどない。


一気に


老婆の背後に張り付き…



一瞬にして

か細い首に一筋、食い込ませる。


二の腕の筋肉を怒張させ、
引き締める。


流石にこれでは、
どんな者あろうと苦しかろう。


さらに力を込めて
紐が引き千切れるほどに


引いて引いて引きまくってやった。


山姥は、老いているとは思えぬ、
動きでのたうちまわる。

足をバタつかせてもがき
激しく抵抗する。

なんと、その反動で
鍛え上げられた巨漢を
宙にはね上がらせるような
衝撃を腕に伝えてくる。


山姥め…


猪口才な!



小柄な体躯を持ち上げ、
逆に宙づりしてさらに
絞めつける感度を上げてやる。



これでも未だ…か



こんなしぶとい人間は存在しないだろう。

ギリギリと首を締め付け

いよいよ、

ミシミシと音を立て始める。


ガボッガボッ


包丁が手からすり落ちる。
空を斬るだけの刃の危険は去った。


これぞ スパルタ



憤怒!!!

そろそろ死んでもらおーかッ



ギョぇぇぇぇぇぇーーー



だが、これでも終わらない…



くぅ…



流石の好敵手、

もし正面から挑んでいれば
勝負はこれほど長くは
続かなかったやもしれぬ。

身なりにだまされなった、
慎重さ、そして好機を得るまで
油断せずに力を蓄えた正しさを


今!


証明する。



ぬおおお



さらに力を入れ込む。
引きすぎで手に痛々しい程に食い込む紐。

痛みを越えて変色し、
次第に血が死んでいくだろう。


山姥よ!



貴様がくたばるか、

それとも…

この腕がくたびれるのか


我慢勝負だ!


詰めの甘さを言われるほど
甘くはないぞ



ツメ…



最期の抵抗と言わんばかりに
限界まで力んだ腕に
山姥の鋭く尖った鉤爪が食い込んでくる

驚異的な握力が後押し
してザクザク斬り付け


ここに来て、

まともな生き血が僅かに飛び散る。


10kgを超える錫杖を日常的に
振り回すだけ腕力を有する筋肉
であろうと…

切り裂かれることで成す術もなく


断裂する。


どくどく赤い血が流れ落ちる。


ヒィー…ひぃぎぃィー


血も見た山姥が興奮する。



うぬぅ、


やはり無傷では済ませぬか!


骨まで届く、鷲づかみ…
どこにそんな力を秘めているのかと
思うほどに激しい掌握…

粘土のように
ひねり潰されれそうだ。



なんという力か!



既に腱を傷付け、激しい激痛を感じる。
腕の感覚が鈍く失われつつある。

山姥をつるすように持ち上げているが
腕の損傷により、がくがく震えが来る。



だが、組紐を縛り付けておいたのは
正解だったな。

力を緩めるつもりはない。



命は惜しくないない。


だが、

むざむざ死ぬための
争いなどしない。

大儀などではない。


決意が衝き動かす、
用意周到の駆け引き、
機転、そして

我が生涯の…意義。


この場で果たさん。


決死の覚悟で挑む戦いに
相手を討たずして散ったのでは
意志の完遂は有り得ない。


しかし、真剣勝負に臨んだ今、

相討ちすら厭わない。

頑なまでの意志の力で、勢いで、
好機をモノにした好運で


一気にいくぞ!!!


数珠の珠が勢いよく弾け跳んだ。



腕の筋肉を破壊されようとも
締め付けを緩めることはしなかった。


山姥が声も上げずにビクついた。


フィニッシュだ。



共に堕ちようか!!!



腕の痛みを無視して
さらに強く紐を引き、


グシャッ!


と音がすると、
山姥はそれきりガクっと首を落とし
腕もだらりと垂らされた。


指は腕に食い込んだままだ。
さっきの勢いで
さらに奥深くに食い込んだ気もするが
もはや痛みなど恐るるに足らぬわ。


とどめとばかりに地面に叩きつける。


ドガッ!シャ…


だが

飛び散る血は自らの腕より
流れ出でたものばかりだ。



なんと頑丈な―。



死んだ後でもその強さを訴えるか…

息絶え絶えになろうとも
長きに渡った死闘に終止符を下したのだ。


既に腕の痛みはなくなっているが
腱の損傷が深い、

もう以前のように

自由に杖を振るうことはかなわないだろう。


ろくな使いものにもならんだろう。



だが、それで…いい。


ものの怪を葬ったこの腕が

もし未だに機能しようものなら…


それこそが怪異…



代償は大きかった…

だが、

こうして地に足を確かに
ついていられるのは
判断を誤っていなかった
からだろう。


惜しいが、安いものだ。


悔いはないのだ!



山姥の屍に向かって、一瞥

おそろしくしぶとかった…


ただでは葬られぬとは見事であった…



しかし、もはや後の祭りだ。

貴様が食してきたもの達に
魂の安息が訪れるとするなら
貴様の死が大前提。


どうだ、


貴様が獲物と思っていたものに
その命を奪われるとな…

思ってもみなかったろう。


だがもはや、貴様に
これ以上の仕事をしてもらうわけには
いかんのでな。


堕ちるがいいさ、黄泉の彼方の煉獄へとな。



引導を渡してやったのだ。



山姥が落とした包丁を見ると
相当使い込んでいるのか
随分と変色している。


しかし刃は研がれて鋭さを誇る。


山姥の屍に向かって衝き立てた。


切っ先は山姥の頑丈な肉体に
飲み込まれていく。

これで最期だ。


気絶しているだけだったら
絶好の機会を逃したことになる。


二度とない好機。


残酷なまでに二度と蘇らぬよう
四肢を断裂する。


もう悪さはできまい。


血にまみれた手がやや、
黒く翳ってきているような気がした。


部屋の明かりが消耗しているのか…


いや…


部屋に入ってくる前に見た
自身の影とは比べて一際、
大きな影があるではないか。

明かりが弱くなって
僅かな光のもとでは
影が大きくなる。

そうも思ったのだが。


一つ小さな影がなくなったのだ。


ただそれだけのことだ。




……………





な、なんだアレは…

こ、殺される…


来るな、来るなあああぁぁ!




浪人はすぐ様、山小屋を後にした。


人を斬って、斬って、斬りまくった男が
夜が明ける前に一目散に逃げた。




いったい何を見たのか…




その後、浪人は山村に戻ったが
ブツブツうわ言を述べるだけで
それきり誰とも会話しない。


数日の後、フラフラと宿を出たきり
二度と戻って来なかった。

偶然見かけた、村人の証言では…

どうやら山に向かったそうだが…

声をかけても返事はなかったそうだ。




そして、山伏と浪人の行方は以降
誰にも知られることがなかった。




*****************************************




……………




ここまで一旦、主人の話は終わった。


相方は車の時のように、
首を垂らし寝息を立てている。


主人の目はこちらをじっと見つめている。



いったい、こんな話が
何を意味しているというんだ。


妙につっかかるな。


山奥に小屋があった……?

おかしなことが次々、起こった。



それで、話は終わりなのか。

どうも腑に落ちない。



何があると言うんですか?

この話に何か意味が
あるというんですか?



そうですか。
では、もう少し
わかり易い方の話を
しましょうかな。



未だ、あるのか!?



ええ、是非



そう言って、先を促していた。

主人が何を意図して
こんな話をするのか


その謎かけに、
興味を少しだけくすぐられたのだ。


未だ酒なら飲める。


結構、いける口だからな。


相方はついてこれなかったみたいだが。




主人が、また話し始める。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



大学生の友人2人が心霊スポット巡りで
行こうとしていた目的地とは
別の場所に行き着いた。

するとそこは、
いかにもアヤシイ雰囲気を
感じてきたため、
別の場所でもイケそうだったら
穴場なんじゃないかという
軽い気持ちで行ってみることになった。


近くまで行ってみると
そこには既に先客なのか…
誰かがいるようだった。

その人は中年かそこらの大人の人で
この建物について尋ねてみると
どうやらそこの事情を知っている様子で
案内してくれた。


建物の中に入ると
急に辺りが静まりかえって
なんだか寒気がしてきた。

そこは、とても寂れた廃屋で
足元が軋んだ。


確かに明かりなどは存在しないので
懐中電灯で照らし出して先を探索して
みることにした。

不思議なものでたった一人なら、
上がらぬだろう足が
もう一人いるだけで
先を急かせるのだ。


…おかしなことだ。


先ほどまで案内してくれた
年上のあの人の姿が見えない。


案内し終わってそれでいいと
思ったのだろうか…


建物に入ったときの暗闇で
どこに行ったのかは
わからないままだった。


だけど、

いかにもアヤシイこの場所を
検証せずにはいられない。

当初の目的だった、
心霊スポット巡りの血が騒ぐ。


何があるのか、何があるのか


部屋の奥へと周りを僅かな光で
照らしながらそろりそろり千鳥足で
奥の方をに進んでいく。

実際、古いことをよくよく感じるが
これといって特別なものが
あるわけではない。


それだけならよかった。


だが、

奥の一つの部屋に入ったときだった。


懐中電灯で地面を照らすのだが
あるものが照らし出された。




足だ。


誰かの足が見える。



ただ、おかしなことに
踵が地面についていない。


戸惑った。


何かを求めてここまできた。

ここまで来るのに何かがあるまで
歩みを停めなかった。


何かが…


それがこんな形となって
目にすることになろうとは。


ゆっくりと光を上へと向けていく。


見てはならないものを
見ようとしている、

そんな危機感と…
単純に隠させていると余計に
見たいという欲求。


その姿から…わかってきていた…


それもさっき、
見たばかりのシルエット


そうだ…


家の入り口まで一緒にいた
名も知らぬあの人だ。



なぜ…


なぜに、ぶら下がっている?


お、おい…


尋ねた、同行者の返事はない。

もう、先に逃げ出したのか…





もう…いい



その場を急いで後にしようとした。





だが、


振り返って去ろうとしているのに
何かがつっかえて先に行かせてくれない。
無理矢理にでも行こうとしても
腕が痛むばかりだ。


腕だ。



何かが片腕をつかんで離さないのだ…




………………




懐中電灯を持った友人が奥に行った
そのとき、何かが足につっかかった、

廃屋で足元が軋んでいた。
だから底が抜けて引っ掛かって
動けなくなっても不思議ではないが、
今のこの状況はよろしくない。


暗闇に中で独りきりな…


友人は奥へ行ったきり、
戻ってこない。


呼んでも呼んでもダメなのだ。

返事がない。

何かあったいうのか…


なんて情けない状況だろう…


足がじっとりと冷たい…


暗闇に眼が慣れてきた。


うっすらと足元が
どうなっているのか


見えてきた。


ずっと足が何かに
つっかかっているせいで
動けないのだと
ばかり思っていた。


誰かが足をつかんでる。


誰かが…


何で?


さっきから



これは…




目が合った。




さっき先に行っていなくなった友人



血まみれの姿で…




足をつかんでる。




うわぁああああ



とにかく気が動転して
その後どうなったのかわからない…



気付いたときには車の中で独りきりで…

車を走らせた…


何事もなかったように
日常に戻る。


だが、友人の姿はない。




また再び…

場所もわからぬ、あそこへ向かう。


行き先はわからないのに

どうしたわけか

そこがどこなのかわかっていた。



その後、その学生たちを行方を
知るものは誰もいなかった。




++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





主人はここで話を終える。



話の意図は何なのか…


それが何を意味し、

そして

何が起こっているというのだ。




行った先で何かが起こり…

その後、

行方不明になってしまった。


何が起こったというのだ。



主人はそれきり見開いた目を
しばたかせ、細めると


夜も遅いことですし
そろそろ失礼したします。



と言って去っていく。


要ははじめに聞こうとしていたことは
はぐらかされてしまったというわけだ。


腑に落ちないまま、


冴えない脳ミソをひねっていたが
集中力はとっくに使い果たしていたから


意識が甘い眠りへと堕ちていくのは
時間の問題だった。


ホロ酔い加減も手伝って
ぐったりとその場に伏した。





……




…………





……………………






何だろう…




ソワソワする。




ふうーー、いけね、いけね



液体を寝る前に摂取したため
下半身が疼いていたようだ…


のそのそと立ち上がり、

トイレへと向かっていく。


シンと静まりかえって…
薄明かりの廊下を歩いていく。

誰の気配もしない。


深夜に独りきりで不慣れない場所での
用足しとは…、

背筋に怖気をソワソワ感じてきた。


音を立てないように
部屋に戻っていくのだが…

入る直前で足を停めた。


………!



中で動く影がある。



同行者も下半身が疼いたか、おい


とか言ってる場合ではなく、
ゆっくり動く影は
この時間にここに

いるべきではない人物だった。



…主人だ。



いったい何をしている?


荷物を狙おうというのか。

いやいや、

どうやらそうではないらしい。


相方が眠っているそばまで来ると
向きを変えて動きを止めた。


あるものを見るまでは見張って
最後まで動向をうかがおうとした。


もともと主人の話には何かアクが
あったのだ…

そのツッパリがとれる前に
意識が途絶えてしまったのだ。


もし仮にトイレに起きずにあそこで
寝ていればこんな風に外から主人の姿を
確認することはなかっただろう。


それどころか…

手にしたアレで気が付かないうちに
ヤラれていたことだろう。


薄明かりで照らされ、僅かばかりに
光を見せる、あるものとは…



それは…


料理で使っても、人の寝ているところで
無闇に扱うものではない。

その切っ先の鋭さに一瞬、躊躇した…が!


意を決して、
後ろまで音を立てないように

即座に近付き、

大声を上げて飛びかかった。


調子こいて呑気に寝てる野郎も、
その危機に気付いて目覚めるだろうさ。


後ろから主人を羽交い絞めにしようと、
その動きを押え込む。


そこにおられたか!


シテヤラレタとばかりに
主人は見開いた目をさらにギロッと
目を凝らし、その目に光を灯して、

信じられない力で手を弾く。

主人の手から刃物が弾かれ、
地面に突き刺さった。


その反動で上体がぐらつき、
一気に姿勢を崩して、後ろに倒れる。

布団が敷いてあるから衝撃は緩和される。



キェェェエエエーーーーッ!!!


主人が激しい形相で襲いかかってくる。


うぉぉおおお



落ちた包丁をなんとかして手に取ろうとした。

それを手にすれば形勢は
今より好転することだろう!!!


だが伸ばした手を主人が踏みつける。


ぐッ



痛いなんてモンじゃない。


だが、

構うものか!



こんなときにどうしたことか、
とっさの判断に機転がよく利く。


眠ったばかりで寝ぼけている
かもしれない状況なのに!

集中力が回復したのか?

だが、


こんな状況に遭遇したこと
なんてありはしない。


痛みでいうことを
利かなくなった手を
がむしゃらに動かして…



ッナろぉォォーーーぅ



主人が態勢を崩している間に
包丁を手に取った。

逆手に抜きさったが…


そのまま…

胸元にまで持っていった。


ここまでの動作は突発的に行ったため
その後どうするかなど考えもしなかった…


形勢逆転を、
とただ思っていた…


態勢を崩した主人が今、まさに
覆い被さってこようとしていた。



…そして



驚くほど、滑らかに刃先は
主人の胸元に突き立てられ…


飲み込まれていゆく


衝き刺さる肉の感触…


手応えがあった。



さらに、驚愕した刹那…

体が飛び上がる。


うおあッ!



―とどめ


さらに深く、衝き刺さる…
傷口から鮮血が弾け飛び、あふれ出でる


生あたたかい血がどくどくと流れ落ちる。


うぉおおおお



人を刺したことなどない。


まして血にまみれたことなどは。



さっきまで血気盛んに
狂おしく迫ったきた荒々しさは失われ…
ただ沈黙している…

僅かに柄を握った手に伝ってくる脈も
次第に弱々しくなりつつ…


風前の灯と…なって


じわじわと額も服も止め処なく、
血みどろに汚された。


血の粘っこく、
濃い絵の具を溶かした液体ような
独特な手触りと…

鉄の苦い芳香…



一度それに穢されれば

二度と浄化できないだろう…感覚
諦めにも似た、官能的な恍惚


異臭立ち込める

異質な空間内で

しばらくそのまま
身を起こさぬまま

じっとしていた。



時間が経てば、
熱を帯びたチョコレートは
凝固してしまう…


この感触はいつまでも続かない。


動かなくなった肉の塊を横にどけ…

再度、一瞥した。


刺さっている。


ふんっ



刺そうとして刺されたのだ。


愚かなことよ。


天井に向かって伸びる柄に
刺したときとは逆の手で触れ、
それを引き抜く。

泥遊びで、汚泥に衝き立てられた
シャベルを引き抜くような感触。

引き抜く際に肉の摩擦で
若干のつっかかりを感じた。


鈍い音がして、外気へと放たれる。

もはやあふれ出る血の勢いは可愛いものだ。


再び、それを肉の上に衝き立てた。


動かないことを確認した。



動くはずもないのだ。

放出された大量出血からして
助かる見込みすら断たれているのだから―



人を殺したことなどない。


だが

害虫駆除や、川魚をサバいたことはある。

サバイバルでサバいたのだ。


何も罪悪感はないだろう、


そして今、
正当防衛でしてやったのだ。


危なかった…、そして恐ろしかった。


おぞましかったのだ。


主人が相方を襲おうとしていた、
それを止めようと気がはやっていた。


主人が襲ってきた。
それから逃れることに必死だった。

気が付けば、主人が大量の血を流して
辺り一面が血獄にかわっていたのだ。


なんか疲れたな。


手の痛みがジンジンと
やかましいほどに煩わしさを伝える。


両手を見やれば

この手が血に穢れている。


薄明かりに
より深く、より濃く、より穢らわしく



お、おお



それを横で見ていた野郎が
ガタガタと震えている。

もう一人いたんだった…



ようやく目覚めたか…



ひゃあああッ!!!ひ、ひひひ人殺しィィィ



いきなりそれは、ないだろうが。

寝てるテメェをかばって
こうなったんじゃないか…

そうでなければ二人とも殺られてた
かもしれないんのだぜ…




うああああああああ


奇声を上げて出て行く友に
なんて言っていいか…


そんな言葉もないまま…



いや、言葉など無用





あいつは…


そうだ、あいつは!


ここに戻ってくる。






それが解っている。



不敵に口元を歪ませた。



薄明かりの中、
闇が大きく影を揺らした。





夜は未だ終わってはいない…■











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